(3月12日付「帰ってきました」という記事から始まる旅記録の続きです)
先述しましたようにマングローブ、奇岩・巨岩群ときて、次は「島々」です。その3要素が、クラビーにおけるシーカヤックの醍醐味ということになります。クラビ~プーケットにかけての広い湾には、数百はあろうかというおびただしい数の有人・無人島が点在していて、本当にじっくり巡ろうとするならば1ヶ月はあっという間にたってしまうでしょう。
実はこの旅の前に色々思案しました。「津波後のこの地域にノコノコと能天気にカヤックなど漕ぎに行っちゃっていいんだろか? 心から楽しめるのだろうか? 自然の猛威の記憶が生々しい場所に自然を愛でに行くってそれ、なんか不謹慎じゃないかなあ?」と。しかし考えた結果、別にいいんだという結論に至りました。第一、そうやってツーリストが躊躇して来なくなると、現金収入を観光に頼る現地人の生活はより苦しくなってきます。もう2年もたつのだからそこまで気にすることはない。あまり悲劇に囚われすぎて今ここの喜び楽しみを曇らせる必要もない。そのように、実際行ってみて思いました。
さて、クラビー川河口から出艇してそのまま海に出て、もちろん島々にも渡りました。沿岸付近の海水は川からの泥水や生活用水などが入っていて結構濁っていたのですが、沖合いに向かうにつれてだんだんだんだんと水も澄んできて、10キロも離れた無人島にたどり着くと、もうそこは典型的な「南の島」という感じの、ライトブルーの海水と珊瑚礁、そしてヤシの木が潮風に涼しげにそよぐという、絵葉書のような風景が展開されていました。
毎日毎日南西の風が吹き、午後になると割合強くなって夕方弱まるというパターンが繰り返されました。地元の人は毎日のように「今日は物凄く風が強い」とか言っていたので、10数キロの島渡りには神経を使いましたが、せいぜい7,8m/sくらいで、そう心配するほど物凄いってことはありませんでした。また波もそれほど立たず、カヤックを漕ぐ分には別段支障ない状況でした。むしろ適度な風波によって、「波そのものの動きがダイレクトに乗り手の身体に伝わる」、というスキン地(フォールディング)カヤックの特性を実感することができました。
ぼくは日本にいるときはいつもポリエチレン、FRPなどの素材のいわゆるリジット(固い)製カヤックに乗っています。リジットの場合、ニュアンス的に海水を「跳ね返す」「流す」「切る」というフィーリングで進んでいく感があります。一方フォールディング系のスキン地カヤックは、船体布がリジットに比べてソフトであり、また骨組みのポール全体が共振して「しなう」ので、波うねりや潮の流れなど海の運動がよりリアルに身体に伝わってくるという実感がすごくあります。なんとういうか、ビリビリっときます。それがなんとも、いいんですよね。というわけで、最初、フォールディングはリジットより劣るいわば代替品のようなものとして見ていたところがありましたが、実際に漕いでみるとこれはまたひとつの深い世界観がある乗り物なんだなと思うようになりました。考えてみるとそういう船ってのは他にないし、サーフィンでもウィンドでも皆、リジット素材を使っていて、波のダイナミズムを振動としてビリビリ感じるという味わいは、ない。余談になるけれど、先日紀伊長島の方でシーカヤックアカデミーというシンポジウムがありまして、その時にお会いしたフェザークラフト代理店のO氏も「ダイレクトに波のエネルギーが身体に伝わってくるのがスキンカヤックの醍醐味です」とおっしゃっていて、ああなるほどさすが年季の入った人はよく分かってるなあ、と思いましたが、そういうことなのです。水の惑星「TERRA」の鼓動を全身でfeelすることがシーカヤックという乗り物のひとつの大きな醍醐味だとするならば、フォールディングカヤックはもっと評価されて乗り手が増えていってもいいのではないかと思います。これは感性の高い人の乗り物だと思います。
しかし、贅沢ですが、もっと時間がほしかったですねえ。一ヶ月ほど、カヤックにテントを積んで島々をあちこち渡り歩いて、しらみつぶしにあちこち探索したいものでした。それくらいしても飽きない、よいフィールドだということです。