十五年前のある日、尻尾を垂らし痩せこけた一匹の幼犬がやって来た。食べ物をあげたところ、そのまま居ついてしまった。モモと名付けたが、忠犬ぶりを発揮し、犬嫌いの女性に「こんな犬なら飼ってもいいわ」と言わしめるほど、我が家のアイドルになった。それから十五年、一度も病気もせず元気に暮らしていたが、ある日突然病気になった。脳梗塞のような状態で半身が不自由になり、歩くのがやっと。小さな段差でも転んでしまう始末。一週間、水も飲まず食べ物も拒否していた。それが水を飲むようになり、食べ物も少しは食べられるようになってきて三日後、突然行方不明になってしまった。不自由な体でそう遠くへは行けないはずなのに、いくら探してもどうしても見つからなかった。
犬や猫は、死期を悟ると飼主から離れ、自然の中に帰って行くという。野良犬としてふらりとやって来て、潔く去って行ったモモ。見事としか言いようがない。
「人間もかくあるべきだ」と教えられたような気がする。この教訓は、薬漬けの無用な延命措置への警鐘にも聞こえる。私も、かくありたいと切に願う。
モモ、長い間有難う。
初鳩の恐み恐み啄めり
目白に蜜柑切って爼始かな
薄氷を犬鼻で割り舌で飲む
どう見ても姉さん女房猫の恋
巣作りに薪ストーブが選ばるる
鶯が誘う三時になさりませ
山桜卑しからざる鵯の群
掌の種を啄む巣立鳥
油虫語気がブリブリしておりぬ
敏捷が生き抜くちから金魚の子
梅雨明けを初みんみんのファンファーレ
山雀が揺らす山百合開くかに
樹液吸う寄ってたかってたまに喧嘩
敏捷に飛び鈍重に歩し虻打たる
何気なく指を立てたら塩辛とんぼ
白玉に霧を捕らえし蜘蛛の網
蝉鳴かず巌にしみ入る雨の音
秋蝉をヒミツと記すカレンダー
街路樹に椋鳥の群収まりぬ
脳味噌を啄まれたり鵙の声
心得て流されている秋の鳶
冬が来たよヤマちゃんエナちゃんメジロちゃん
木枯や徹頭徹尾喜ぶ犬
進化論の外にごろんと赤海鼠
薪割りを鳥が見ている冬木の芽
(岩戸句会第五句集「何」より 小坂雲水
タツナミソウ(立浪草)