「じぇんごたれ」遠野徒然草

がんばろう岩手!

史実と伝承の狭間2

2006-01-12 11:46:22 | 歴史・民俗
 「昭和59年5月、6月・遠野における城、館、屋敷跡調査報告」
 このちょっと小難しい資料、かねてより私の遠野市内の城舘跡調べの資料として活用させていただいているものです。

 この度、全頁を入手でき、あらためてこの報告書の隅まで読ませていただきましたが、菊池春雄氏、荻野馨氏といった遠野を代表する郷土史家が2ヶ月にわたる現地調査を市立博物館、図書館の協力を得て実施、実に安倍時代~遠野南部家時代初期に至る城舘跡の全容がほぼ明らかにされている資料でもあります。

 ふたりの史家は、当初、既に把握されている城舘跡プラス、まだ把握されない城
館跡含みで50箇所位とふんでいたようですが、実際に各地域に入り、住民からの聞き取り調査や山野に入って、それらしい遺物の痕跡等を目の当たりにしたりと、50前後どころではなく、さらに80箇所余の城舘屋敷跡を確認、資料には135箇所が記されている。

 これらのほとんどは表に出ず、地域での極一部でしかその存在が語られていなかったり、またほとんど記憶から消え去りその存在すら知らなかったとされる場所も存在していたようだ。

 この調査報告書から既に20年以上が経過、どのような形でこの時の調査が生かされていたのか私にはわかりませんが、こうしてすばらしい資料が残されていること、城舘跡の保存含め郷土史のさらなる発展にまだまだ十分対応できるものと確信しているところです。

 お二人の郷土史家曰く・・・
●郷土史研究は足で歩き、実際に見て確しかめ、さらに確認する積み重ねが重要である。
●伝承されなかった理由、問題点をよく考えること。
●勝の歴史のみならず負の歴史も重要もであり今一度歴史というものを見直すことが必要である。

 さて、135箇所とされる遠野市(旧遠野市)、宮守町を入れると160箇所余の数となります。
 皆さんのお宅の近所、普段何気なくみている山野、そこにも古の城舘跡が存在しているかもしれませんよ。

最後に私の館めぐり注意事項
●服装は赤、黄色、ピンク等の目立つ服装のこと。
●熊との遭遇、事故等もふまえて一人での行動は避けること。同行者が居ない場合は、入山前に近隣の人達に声をかけてから行うこと。
●個人の持山、田畑がほとんどでもあり、できれば地権者の同意を得たほうがよい。
●不審者と身間違えられる可能性有り、上記のように声かけは必要である。
●気が進まないときは中止した方がよい。
●館跡等は古の歴史を伝え、当時の人々の思いも残る地でもあることから、館神や祠が存在する場合は、必ず手を合わせること。
●当然のことながらごみ等は捨てない。
まだありそうですが、とりあえず・・・。
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6 コメント

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巻き込みましょう! (romi_i)
2006-01-12 18:43:28
ハッキリしたターゲットが出来て幸せそうです。

一部ですが同行させて頂けそうなので楽しみにしています。

この雪!早く溶けないかなぁぁぁ~(代弁のつもり)

それぞれの地域に眠っている「地上の星」の輝きを取り戻すきっかけにしたいですね。

多くの住民に意識してもらって大事にする心が生まれれば、最高!

地域住民をバンバン巻き込んで行きたいものです (^^v
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陽の目 (とらねこ)
2006-01-12 18:59:19
romiさん、コメントありがとうございます。

地元の方の参戦は、この上のない力となり得ます。

まずは青笹町糠前地区と土淵町柏崎近辺からはじめたいと思いますので、ご都合のよろしい時にご同行をお願いします。



地域を巻き込む、まずは全くその存在すら知られていない舘山に看板或いは標柱を・・・最低でもこれらは必要かと考えております。

既に小友町では老人クラブにより町内の史跡に標柱が設置されておりますし、松崎町でも主だったものには一部ですが標柱が建っております。

これらを市内全域に・・・特に城館に・・これが当面の目標かもしれません。

よろしくお願いします。
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面白そうな資料ですね (睦月庵)
2006-01-12 20:08:48
面白そうな資料ですね。



遠野の館はどれも立派なものばかり。

知名度が低いのがもったいない気もしますが、あまり知られすぎるのももったいない・・・と複雑な気持ちです。



とはいえ、我々の館巡りが周囲に何らかの影響を与えることができれば・・・と大それたことを考えたりしてます。



なお、今年も遠野へ遠征する予定ですので、なにとぞよろしくお願いいたします。



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詳しくはないですが・・・ (とらねこ)
2006-01-12 20:58:24
今回、ご紹介の資料、一覧表という意味合いと、調査での総括的な事柄を書き記した報告書といった意味合いのものです。

ですから、館跡そのものは図面がついているわけでもありませんし、写真が添付されているものでもありませんので、詳細ではないというのがホントのところです。

ただ、一つ一つの特色はわかる範囲でもありますし、地番等も記載されてますから、場所の特定はしやすいものと思います。

惜しむことは、ここまで調べて詳細をもっと知らしめることがほとんどなかったのでは・・ということです。



さて、この資料からノーマークだった館跡の存在がかなり浮き彫りにされております。

八重の空堀を持ち遠野地方随一の堀の大きさを持つ館、他にも睦月庵さんが青森県内で興味を持つ防御性集落の存在、遠野にもございましたよ。さらに安倍時代の館跡・・・それ以前のチャシと呼ばれる蝦夷時代のもの・・・目白押しです。

是非にお越しください。共に調べて参りましょう。



いずれ春、晩秋といった延べ4日間位の調べではとても太刀打ちできない程の数が残ってますから、しばらくは遠野の館跡でもやっていけますよ・・・笑
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すごい数ですね (たま千代)
2006-01-14 14:01:43
回り甲斐がありますね(笑)。

その中で、幾つ宝の山が見つかるか興味は尽きない。

土地のお年寄りの中には、「昔、ここに●●があった」という話をご存じの方がいますから。そんな話を聞けると、調査に弾みが出ますよね。

オラホでもその辺の野山にちょっとした言い伝えがあったりします。

「昔、ここにお姫様が逃げてきた」とかいった。根拠はありませんし、人づての話は途中で変わってしまいますから真実の程は分かりませんけど。



舘巡りの心得は殆ど山登りと同じですね。

私も、呉々も一人で山に入らないよう気を付けます(笑)。
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古老 (とらねこ)
2006-01-14 15:45:24
ほんと今年は城館跡めぐりのさらなる充実といった年にしたいと考えております。

また地元の古老の方々、romiさんも仰っておるとおり、どの集落にも一人は「むがすっこ」のこと、大好きで得意としている人がおります。この方々からの情報は貴重でもあります。・・・ただし、中には「ぼが(ホラ)」を吹いたり、話を大きくして語る人もいて、これらをうまく判断しなければいけないのも事実です。

まっ、いずれにしても楽しみではあります。



山登りと一緒・・・まさしくそのとおりです。一番は危険を伴うということ、これは必ず肝に銘じてお互い行動しましょう・・・。
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