緊張していた私は、それとなくちらちらと男の人を見た。何かしら彼に動きがあれば、すぐにこの寺の境内から退散しようと私は考えた。
しかしその内、本堂入口に座っていた男の人の様子は、何心無く風景を見ているらしい様子から妙に沈んだ塩垂れた様子へと徐々に変わって行ったので、私の方では、どうやらおじさんは私には注意を向けていないらしい、害が無いらしい人だと感じはじめた。それで私はホッと溜息を洩らした。
元々、この時の私は、これだけ離れていれば何時何事があっても直ぐに逃げ出せるという様な距離を取ってはいたが、相手が害の無い人間だと判断した事で、より私の安全感は強くなった。
一方、本堂にいる男の人は到頭首をがくんと垂れてしまい、その状態はかなり沈み込んだ様子になった。私はその男の人に何か悲しい出来事でもあったのだろうと感じた。が、大人の男の人と思うと、子供の私が何かしら言葉を掛けて構う必要は無いと考え、気にせずにそのままその場所で、地面に落ちていた小枝など拾うとしゃがみ込んで絵等書いていた。早く誰か他の子供達が来るとよいのにと思いながら静かに待っていた。それでも私は時折顔を上げて、やはり注意して男の人の様子を窺うのを忘れないでいた。
こんな風にそれとなく様子を見る私の目に、彼は本堂の入り口に座ったまま全く動いている気配が無かった。と、その内、私はその男の人が何だかすすり泣いている様な気がした。しんとした境内だったので、距離が離れていても私に伝わって来たのだろう。私が本堂を見やる前に、『男の人が泣いているようだ。』と感じた。そして実際に私が男の人に目を向けると、遠目だったが私には彼が沈んでいるだけで無くて、その目に涙を浮かべている事や、その為に目を瞬いているという様な、そんな様子がはっきりと見て取れた。こうなると、大人の男の人だといっても何だかその人が気の毒になって来る私だった。私は話を聞いて相談に乗るというようなおこがましい事までしなくても、何かしら言葉をかけて慰めてあげた方が良いのでは無いかと感じ出した。
そーっとその人の様子を見詰めて思案してみる。初めは何気なくちらりと様子を窺う程度だった私なのに、やはり泣いているのだ、涙を拭っているのだと確認できると、私は生真面目な感じになった。『こんな時には、人は同情的な哀れみを持つべきなのでは無いか。』そう考えてみる。私は遊びを止めて、じーっとその人の方だけを見詰めるようになってしまった。
『話を聞いてみようか。』話を聞いて、おじさん可愛そうに。とか、残念だったね。等、こんな時人は声を掛けてあげればよいのかな?、と考えていた。ここが寺だけに、誰かあの男の人の家族が亡くなったのかもしれない、と考えると、悲しみで沈んでいるらしい彼が気の毒になり、私は思い切って本堂の方へ向かい歩き出した。男の人にお悔やみをと決心した私は、極めて確りと地面を踏んで歩いて行った。
本堂の階段の側まで来ると、私には、やはり本堂の入り口に座り込んでいる人は確かに目に涙を浮かべている、そして静かに泣いているのだという事がよりはっきりと分かった。階段の下に立った私は、男の人をおずおずと気の毒そうに見上げた。私には、彼が大人の男の人と思うと、子供同士の時とは違い何と声を掛けてよいか分からなかった。