泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのかもしれない、男の人は私を見てにっこりと笑った。
「いやぁ、考え事をしていてね。」
そんな事を言った。彼はその後も2、3何やら話を続けていたが、私が呆れはてて、あまりにもぽかんと口を開けたまま彼を見詰め続けていたせいだろう、まるで自分をとんだ馬鹿か何かの様に私が思っているのだと悟ったらしい。目がきっとしたと思ったら、
「私は馬鹿じゃないからね。」
と、彼は徐に断定的な口調で言い切った。そして
「1つの物事に集中すると他の事が御留守になるタイプなんだ。私は。」
と自分自身の説明を付け足した。
そんな事を言われても、分かる筈の無い私は一瞬ポカンとして彼を見詰めたが、理解不能の言葉に眉根に皺を寄せて口を開け続けていた。そんな困り顔をした私の顔を見て、おじさんの方はしてやったりという風な明るい顔付きになりニヤリとした。と、突然、
「幾つかね?。」
と訊く。私が3歳だと答えると、ほう、これは、何処の子だね?、とおじさんの質問は続いた。
男の人は私の住所や名前など聞くと、よし、これで分かったという様にほうっと息を吐き、
「おじさんは、これから用があるからね。」
じゃっ、と言うと、立ち上がってさっと扉を閉めて本堂の内に入ってしまった。私があっと言う隙も無かった。中からは直ぐにがちゃっと閂か何かの閉まるような音がした。その後は本堂内部からは何の物音も聞こえて来なくなり、寺の境内は静寂を取り戻した。
私は扉の前で目をぱちくりして佇んでいた。その後もすぐ眼前で私の目に映る幾何学模様の木製の重厚な扉を見つめ続けていたが、ふと我に返ると、腕を上げて手で試しに扉を開こうとしてみた。だが、やはり内部から鍵が掛けられているらしく、私の幼い力ではピクリとも動かなかった。
この様に頑として全く動じない扉に私は恐れ入った。寺には厳重な防犯対策、泥棒除けがしてあるのだなとしみじみと感じ入った。私がこう思ったのも道理、この頃の私は本堂の金仏様は勿論、付属として設えられた仏具の全ての金色色が貴重で価値のある純金の成せる業だと思い込んでいた。また、この世の中で一番価値のある物は純金だという考えが、この頃の私には存在していたのだ。