それでも、私は自分が泣いている時に掛けれらた言葉、家族や近所の大人の人達の声掛けの言葉を思い出すと、試しにその言葉を泣いているおじさんに掛けてみるのだった。
「おじさん、何で泣いているの?。」
私の場合、転んで怪我をするという理由が泣く場合には多い理由だったが、この人の場合はそんな事は無いだろうと思った。
「何か悲しい事があったの?。」
そんな風に聞いてみる。
するとおじさんは、「かなしい?…」と、心ここにあらず、何やら私の言葉が分からないという様に判然としない物言いをした。そして私の言葉を鸚鵡返しに繰り返したのだ。…かなしいなぁ、はてさて、そんな言葉があったかね?、等と、ぼそぼそ独り言の様に小さく言っていた。その内、ハッとした感じで「悲しい。」とやや大きな声で口にすると、私を見詰める目の焦点が定まった感じになった。
「あんたは今、悲しいと言ったのかね?」
と彼は私に言うと、「私が悲しい、」そんな言葉を呟いた。彼はやや沈黙してじーっと私を見ていたが、渋い顔をすると
「私は全然悲しくなんかないがね。」
と不機嫌そうに言った。
この返事に私は面食らってしまった。『じゃあこのおじさんは何故泣いていたのだろう?悲しいから泣いているんじゃないのかな?。』私は心の内で疑問を繰り返した。が、自分であれこれ推量して答えを出すよりも、目の前にいる問題の本人に聞いた方が確かだと考えた。それで直接おじさんに聞いてみることにした。
「おじさん泣いていたでしょう?」
「泣いて?」
「涙が出てるじゃない。」
そう私が言うと、はてさて面妖な、不思議な事を言う子だと、目の前のおじさんは相変わらず渋い顔をしていたが、物は試しにと自分の頬に手をやった。そして自分の頬が濡れている事にようやく今頃気付いたようだった。
「これは…。」
と、驚くおじさんの真剣な様子に、子供の私の方は、大人の人でも自分が泣いていない事が分からないような人がいたのだとこれまた驚いた。
「知らなかったの?叔父さんここで泣いていたんだよ。」
私は目を丸くして説明した。『何処か近所の童のようだ。』しかも自分より年下のと、私は初めて目にしたタイプの大人の人に心底驚いていた。