何時もの遊び場の寺の境内、本堂の側にある石の碑の影で、従姉の茜さんが上向き加減の顔で何やら話している姿を見て、蛍さんは石の影に誰かいる、その人は自分達より年上の人らしいと考えるのでした。
『誰だろう?』
そこでそれ迄石碑の後ろ側、遊具の傍で遊んでいた蛍さんは走り出すと、茜さんのいる石碑の場所に駆け寄りながら声を掛けました。
「誰かいるの?」
彼女は更に茜さんが佇んでいる石碑の前方向に回り込んで行きました。彼女はそうする事で従姉と話をしていた人物の姿が目に入るだろうと思ったのです。が、石碑の前面には従姉1人だけしかいませんでした。従姉が話し掛けて顔を向けていた方向には誰の姿も無いのでした。彼女は怪訝に思いました。
「誰かいたんじゃないの?」
彼女が従姉に近付いて尋ねても、目の前の従姉はまだにこやかに目に見えない相手と会話中の様子です。まるで蛍さんの声が聞こえないかのように楽しそうに話し込んでいます。
「ねぇ、茜ちゃん、誰かいるの?」
蛍さんが今迄より大きな声で茜さんに声を掛けると、声掛けの2回目位になり、漸く彼女は従妹の声に気付きました。斜め横を向いて振り向くと、
「ああ、蛍ちゃん来たの。」
と、蛍さんに声を掛けてくれました。しかし彼女は、今迄話していたらしい目に見えない誰かと余程楽しい話に夢中だったらしく、すぐに顔の向きを戻して、にこやかにははは等言って蛍さんには見えない相手との会話を継続中なのでした。そんな従姉に
「茜ちゃん、」
蛍さんは不思議を通り越して奇妙に思いました。思い切って「茜ちゃん、1人で誰と話をしているの?」と尋ねてみました。
「1人って?」
顔だけ振りむいた茜さんは未だ笑顔のままで、掌で自分の前の方を指し示すと、ここにいる人とよと言うのでした。
「そんな所に誰もいないけど。」
蛍さんがよくよく見なくても、石碑の側はおろか、広い境内には自分達の他はいつも遊ぶ蜻蛉君がいるばかりでした。
『茜ちゃん、私を揶揄っているのかな?。』
と、蛍さんは、「そんな所に誰もいないわよ。」と指摘すると、さも従姉を小馬鹿にしたように、また、自分はそんな自分を騙そうとする従姉に揶揄われたりしないわよという様に、
「私には何も見えないわよ。茜ちゃんが空気に向かって話しているだけよ。」
と答えるのでした。すると茜さんは、「えっ、」とちょっと意外そうな様子になりました。それでもまだにこやかに笑顔を浮かべながら、「いつも墓参りで行くお寺で会う人よ。」と言うでした。
「ここにいるでしょう、このおじさんよ。」
彼女にすると従妹の蛍さんの方が変な事を言っているという感じでした。今迄のにこやかな雰囲気から、やや怪訝そうな雰囲気へと表情や態度が変わって来ました。
何時も会うでしょう。お寺で。茜さんはそんな事を言って、如何やらそのおじさんという人物と、確かに現在その場で話している様子です。茜さんは、またこの子は妙な事を言って、すみませんねと言うと、年上らしく見えないおじさんに謝っている感じです。これには蛍さんも少々腹が立ってきました。
「私はまたって言うような、変な事は何時も言ったりしてい無いけど。」
と、従姉に不満げに言うと、しかめっ面をしました。
そんな蛍さんの不機嫌な顔と声の調子に、茜さんは改まった真面目な顔つきになると彼女を見やりました。
「見えないの?、蛍ちゃんには。」そんな事を聞いて来ます。当然蛍さんには見えないのですから、
「ちっとも見えません。」
と彼女は答えるのでした。