「遊び?。」
「魚釣りは遊びなんですか?、これはまた何とあなたは剛毅な人ですね。」
ツンと、一瞬紫苑さんの目の先が尖りました。何しろ彼にとって釣りの目的はほぼ食べる為であり、食料を得るための漁である事を今マルに仄めかしたばかりです。
確かに、釣りをはじめた当初、遥かに昔の幼い彼にとっては、釣りはまだ遊びの要素が多分に有りました。しかし周囲の大人の話や生活環境で成長するに連れ、彼の釣りはいつしか食料の調達手段の一部になっていったのでした。長じては海釣りなども愉しんだ紫苑さんでした。彼は漁船に乗せてもらった事もあり、釣り立ての魚で漁師料理も味わった事が有るのでした。
それも今は昔、現役で働いていた頃だ、あれは楽しかったなぁ。家に持ち帰った土産の漁獲にはしゃいでいた妻の顔が浮かびます。生きのよい魚で刺身が出来ると大喜びだった。甲斐性のある亭主とは結婚するものだと言っていた彼女の笑顔が浮かびます。当時を思い出した紫苑さんは輝く笑顔になり、そしてもうその妻の亡い事を思い出すとシュンとして肩を落としてしまいました。
『何だか…、円萬さんという人は、悠長過ぎる人だな。』
彼は内心呟きました。円満さんと知り合ってからこの方、浮世離れした彼の悠長さが気に入っていた紫苑さんでした。この世知辛い世の中にこんな人もいるのだなと、自身の浮世の憂さを忘れさせてくれるような彼の豪放な人柄が紫苑さんには頼もしく、また好ましく思えていました。また、彼は今年紫苑さんが地域の図書館で知り合った若者、気が良く自分に親切にしてくれた鷹雄という名前の、地域の大学の院へと通う学生の下宿している先の寺の住職であり、鷹雄の親戚にあたるという人物でしたから、彼は円萬さんに勤めて好感を持って友好的に接してきたのでした。
『お寺さんはお寺さんだなぁ。』
紫苑さんはふと思いました。何だか浮世離れし過ぎていて私には話が合わないようだ。ここに置いてマルに続いて紫苑さんも顔を曇らせ始めました。紫苑さんと円萬ことマル、2人の間にひんやりとした空気が漂い始めたのはこの場が大木の陰、緑陰の元になっているというばかりではないようです。
そんな紫苑さんの変化に、傍にいるマルも気付いていました。只、宇宙船で同僚のミル、地球上では大学院生の鷹雄の事です、から、彼が休暇で故郷の星への帰省中、この地球人男性の紫苑さんについて頼まれていたマルです。やは一度引き受けたからにはと責任を感じてきました。しかし、私では駄目なようだとマルは思いました。
『もうミルも帰艦している事だし、この場は何とか収めて、後は彼に引き継いでもらおう。』
それがいいとマルはそう考えると、何とかこの場を収束させて空へ帰ろうと決意しました。