さて祖父は、その様に浮かぶ私の機嫌の悪い表情にはお構いなしに、男ながらも如何にも見返り美人の風情で佇んでいた。彼は自分の左肩越しに振り向くと、頭を下げる様にして私に目を注いでいた。そんな彼の目は滴り流れる様に横長となり、面白さを堪える様な奇妙な輝きを含んでいた。
私ははっとして足を止めた。先ほど見た祖母といい、今度は祖父の物腰に戦慄を覚えたのだ。祖母の場合は暗がりに浮かんだ白い顔、祖父の場合は今眼前に有る妙な目付と見返る姿だった。
現実にはいない物と考えながら、私はやはり何かしらの寒々とした感情を胸の底に覚えずにはいられなかった。しかもこれが間近で2度目ともなると、「否」と打ち消す気持ちは私には容易に湧いて来なかった。何だか私は心が萎えた。臆病風に吹かれたとでもいうべきなのだろう。が、私は無心で何思うところ無くぼんやりと佇んでいた。祖父に何を語り掛けるという言葉も無く、私は寡黙の儘で自分の目と顔を伏せていた。
すると祖父は、彼は何時も私という孫にたいしてそう語り掛ける事や、関わり合う事を直接して来ない人だったのだが、この時、彼の体の向きを変えると、面と向かって私と向き合った。彼はしげしげと、私の顔色やその様子など観察しているのだろう。やはり面白そうに眼を見開いたりして見詰めて来た。そうして家の誰それと大人の人を呼ぶという事無く、思いがけず自ら私に声を掛けて来た。
「まぁ、何と言うかだな。」
場所も場所だし。…。そう、お前、智ちゃん、最近あの手の類の話を聞いて来ているんだってな、聞いているよ。と言うと祖父は微笑した。私がそんな祖父の微笑みを見上げると、優しそうで興味深い様な色が彼の目に浮かんでいた。
祖父はちらりと上目遣いで階上を見上げ、また目を伏せて自身の足元に視線を落とした。
「ここは家でも一等暗い場所だしな。」
彼は言った。ここもそうだし、…この上もそうだろう。だから、その手の事を考えていたんだろうな、お前は。
そう言うと祖父は階段の上に再び目を遣った。そうしてぷっと吹き出した。彼は如何にも可笑しいというような色を目に浮かべると、「お前面白い子だな。」と口にした。
「上では般若かろくろっ首か、下ではそうさな…、ま、それなりの、そういった類の物を連想したのだろうよ。」
はてさて、私は何になったのやら。怪談にそう言った、私に似た類の物の怪があったかどうか、思いつかないが…。そう独り言を言うと、暫し祖父は口を閉じた。が、またくくくと笑い出すと、私を見詰め、
「本当に、お前面白いなぁ。」
階段で怪談を見物するとは、と言った。