そんな祖母に、私は一寸頬を膨らませたが、ちょろりと悪戯っぽい色を自身の目に浮かべると、祖母と私の目と目を合わせた。そうして彼女の笑顔に応える様に、私は同じ笑顔で以って彼女に返した。
「邪魔しないよー。」
捨て台詞の様にそう言うと、私は勢いよく台所へと向かって駆け出した。
たたたたた!。
…とはいっても、子供の私の事だ。気付かない内に私は母の邪魔になっていたのだろうか?。私は居間から台所へと続く廊下の途中で立ち止まった。その場所から台所を見やると、流しの方で手を動かす母の姿が見えた。思案した私は、そこで安全策を取る事にした。
台所へ行かなければ、私は必ず母の邪魔になる事は無いのだ。そこでクルリと踵を返すと、私はさっと居間へと戻り素早く階段の方を眺めた。すると、階段下に黒い人影が見えた。祖母だ!、と私は一瞬思った。が、よくよく見ると、その地味な身なりは祖父のものだった。祖父は今日は和服姿なのだなと私は思った。
普段外出の多い祖父は洋服を身に付けている事が多かった。が、全く在宅のみの私事だけの時は、今迄も地味な色合いの着物姿で家にいる時があった。今日はその日だったのだろう。しかし私がこうやって改めて眺めてみると、祖父と祖母の地味な着物の着合わせ方は実によく似ていた。はっ!。『流石に鴛鴦夫婦というものだ!。』、私は感じ入った。
私の感嘆した声が聞こえたのだろう。階上に片耳を向けて耳を澄ましていた祖父の背は、ハッとした動作を行った様に私には見えた。やや肩を窄めて、祖父は彼の肩越しにそっと私を振り返った。
その時の祖父はこちらを窺う様でいて、その実不遜な表現を浮かべていた。彼の小さくなった目の表情に、何だか祖父は機嫌が悪そうだと私は感じ取った。祖父の機嫌を損ねたのだろうか?、そう考えると私の歩む勢いは衰えた。暫し居間で立ち往生した私だった。
そんな私に祖父は、
「私はこの家の主人だ、私のする事に何の臆する事も無い。」
と一言いった。勿論、私には意味不明だ。
「そうだろう。」
そんな事を、子供に真面目に言われても、困るんだよね、正直。と私は思った。
眉根にシワを寄せた私を見て、祖父は厳しい顔をふいと崩すと、如何にも可笑しそうにぷぷぷと笑った。そうしてその彼の目は、悪戯っぽい輝きを帯びた。『冗談なのかい!。』、私は祖父の顔を見上げると渋い顔をした。