「お父さんは、そこにいるのかい?。」
こう彼女が静かに問い掛けて来たので、私はそうだよと答えたが、こう彼女が私に聞く所を見ると、祖母は父の2階での所在を知らなかったのかと私は思った。
彼女の声を直に聞いた事で、私には益々真実を見極めようという勇気が湧いた。もっときちんと確かめようと考え、私はどんどん階段に近付いた。2階への入り口に立った私は、自身の足元すぐ間近な祖母の頭から、階下へと胴体が続く彼女の全体像を確実に確かめた。
やはり此処に居る祖母は彼女自身だ。妖怪等の魑魅魍魎の類では無いのだ。世の中に変な物などいないのだ。私には笑顔が戻った。
それ迄も、近所の寺の墓所で毎日のように盛んに遊ぶ私達に、近所の大人は呆れたように、又は冗談めいて、変な物は見なかったかいと聞いて来たが、私や遊び友達は皆、そんな物は見ないと答えて平気だった。事実私自身何も見たことが無かった。
『変な物?』、何だろうか?、そこで不思議に思った私は、過日、父にその話をして、それは何かと聞いた事が有る。が、父も、あの寺ではその様な物を一切見た事が無いと言っていた。
「あの寺ではな!。」
父は妙にしゃんと背筋を伸ばして、こう私に念押ししたものだ。そうしてそれ以上は語らなかった。
世の中に、化け物やお化け幽霊の類がいるらしいと聞いたのは、後日遊び友達からだった。そんなものこの世の中にいないよと、目にした事が無いからと私は言った物だ。友人達も皆そうだと言い、仲間内ではそうだよねという話になったが、やはりこういう話を一度聞いてしまうと、人というのは内心に臆病風が吹き込みどこぞの心の陰に巣くってしまう物らしい。
さて、祖母を確認した私は、そこで先の彼女の問いを思い出した。2人の会話を繋げるべく、父が寝ているのだと言うと、2階の様子を彼女に説明した。
はいはいと、気さくに頷いていた祖母は、その後彼女の体を開くようにして階段の片端に除けると、私が階下へ降りやすい様にだろう、階段スペースを片側半分開けてくれた。祖母は無言だったが、…降りろという事だろう。私は彼女の意を酌むと、彼女に逆らう事無く、その申し出に同様に無言で従った。私は手摺を掴むと階段を降り始めた。
階段を降りながら、私は今し方見た祖母の一番最初の顔付きを思い起こしていた。それは、彼女の目が細くなり、その両の端が吊り上がったという顔だった。顎も細くとがった感じであり、全体的に彼女の顔が細い逆三角形になった様に見えた。そうしてそんな彼女の顔全容から何やら油煙の様な物がめらめらと立ち上っている様に思えたのだ。しかしそれは一瞬の出来事だった。『何時も優しい祖母が、』と思うと、きっと見間違いだったのだろうと、現実に存在している本物の祖母に私は思い返した。