マルは紫苑さんの話を聞く内に、紫苑さんの妻に自分の前妻の面影を重ねてしまいます。彼の瞼には別れた妻の美しい面影が浮かぶのでした。「奥様は?、お美しい方だったんでしょうなぁ。」、つい呟くようにそんな事を紫苑さんに尋ねてしまったのでした。
「いや、十人並みでしたよ。」
紫苑さんは答えました。
微笑みながら、ぽつぽつと穏やかに話を続ける紫苑さんに、時折相槌を打ちながらマルは耳を傾けていましたが、心中では彼と同じ自身の恋愛時代から結婚生活、そんなある日の1コマ1コマが彷彿と浮かんで来ては消えるのでした。
同じような事が有る物だ、ドクター・マルは思います。『スーも私の事を彼女の物だと言った事があったな…』。彼は独占欲の強かったスーの、その持ち前の所有欲に飽き飽きすると遂には疲弊して離婚してしまったのでした。
彼の前妻スーは名前をスー・ワレバ・ボッタンというのでした。非常に美しい女性で、得意料理は母星のデザート料理の一つ「ポリポリ」でした。実際マルもこの料理に引かれて、彼女は美しいだけでなく料理も上手なのだと思い結婚を決めたのでした。結婚式にはマルの家族代表でエンが出席し、彼はその時に彼女の手料理ポリポリを堪能していました。「美しいし、料理上手、兄さんは良い嫁を貰ったなぁ。」と、エンは本当に感嘆した様子でスーに見惚れると挨拶していたくらいです。
しかし、いざ結婚生活に入ると、マルは自分の判断が間違っていた事に気付きました。彼女はポリポリ以外の手料理を全くといってよい程出来なかったのでした。料理は全て家事用のロボット任せ、お陰でマルは画一的な食事に甘んじる毎日でした。当時はもう宇宙船で働いていたマルです、仕事場で取る食事と家庭での食事が全く同じ形態でも、彼は目に映るスーのその美貌で彼女の七難を受け入れていたのでした。
が、それも僅かの期間の事でした。彼女が彼を所有しているという感情は度を越していて、何時しか彼は自身の仕事もままならない程に彼女の為に自分の時間を割く事になったのでした。彼の職場の異性への嫉妬、勤務で遅くなるとあらぬ疑いを掛けて問い質す、果ては船の医療室に迄押しかけて来るという様な、一種妄想癖の有る彼女の性質にも気付くと、医師である彼はそんな彼女に付き添い看護したのでした。遂には看護疲れと、離職の憂き目に会い、彼自身の生活もままならなくなり離婚へ。実家に引き取られた彼女はその後専門の病院施設へ入り、今も療養していると彼は宇宙の風の便りで聞いていました。
その後の彼は一時艦隊からも離脱して不遇の生活を送ったのでした。
「バツ艦長に出会わなければ如何なっていたか。」
マルは飛び出してきた故郷の母星にも帰る事が出来ず、星間の星々を転々としていた流浪の頃、そこで偶然出会ったバツ艦長の重病の手当てをした時の事を思い出していました。
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