「ここだよ、ここにいるよ、ホーちゃんはここだよ。」
その声に、そうか、そうか、よかったよかったと、奥の方で2、3人の男の人の声が小さくして、
程無く境内から目を真っ赤にして涙ぐんだ蛍さんの父と、その父の傍らに彼に付き添う様な形で男の人が2人並んで、皆で連れだってやって来ました。
山門から出て来て漸く蛍さんに気付いた父は、ああと、蛍、お前何処に行っていたんだ、お父さんはここにいろと言ってあっただろう、
お前がいないからあちらこちら捜して回ったんだぞ、よかったよかったと言ってその儘絶句すると、
しんみりとして蛍さんの傍に佇んでしまいました。
彼の傍で介添え役をしていた男の人達は、良かったですねと父に言うと、父親の心情を慮ったのかそれ以上は言えず、言葉少なに微笑んでいました。
「お嬢ちゃん、何処にでも行っては駄目だよ、お父さんをご覧、あなたの事を心配して、ほら、目が真っ赤だろう。」
そんな事を蛍さんに言う人もいて、兎に角よかったよかったと皆優しく親子を労うのでした。
この時、蛍さんにも言いたい事は色々あったのでした。何しろ蛍さんの方にすると何処かへ行ってしまったのは父の方だったのですから。
その行方知れずの父を探すために、自分はあちらこちらへ行く事になったのです。そう、あちらこちらへ…、そう考えてくると、
『そうか、ホーちゃんはあちらこちらへ行っていたな。』と、蛍さんは確かに自分は何処へでも行っていた事になるなと察しました。
それでは、これ以上はあんまり何でも言わない方がよいなと、彼女は何も言わずに黙ってしまいました。
しかし、彼女の沈黙を快く思わない人がいて、何故お父さんに謝らないのかと言い出す人がありました。これには蛍さんは困ってしまいました。
まあまあ、子供の事だからと取り成す人もありましたが、いや、子供の頃からきちんと礼儀を覚えておかないと、
とその人がまたもや非難するので、大人同士で少々揉めてしまいましたが、
「それで、君は何処へ行っていたのかね。」
という問いが何方からともなく出てくると、蛍さんはこれには答えてよいだろうと思うのでした。
「本堂に居たんだよ。」
と彼女は答えました。これには父も加わって一同えっ!と吃驚です。女の子がここの本堂に入れるはずがありませんでした。
女人禁制の上に、本堂には普段鍵が掛かっているのですから。掃除の者が掛け忘れたんだろうか、まさかという話になりました。
真偽を確かめる為に奥へ1人向かった後、父はやや怖い顔で、嘘はいけないぞと蛍さんを諭すのでした。
「嘘じゃないよ、住職さんと奥様と若奥様にホーちゃんは相手をしてもらったんだよ。飴ももらったし。」
そんな事を蛍さんが話すので、父と残っていた人々は皆妙な顔をするのでした。
「妙だなぁ、ここは住職さんに奥様がいるような寺ではないよ。」
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます