Jun日記(さと さとみの世界)

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うの華 183

2020-03-18 09:12:18 | 日記

 「あの人と私の間で、商品にお代の遣り取りなんか出来無いからね」。祖母は考え事をしながら、半ば上の空でそんな言葉を口にすると、そのパンはお前のだよ、お代付きだからねと、生真面目な顔で私に言放った。

 その後、祖母は思い直したように財布財布と言い出し、家の奥へ自身の財布を取りに向かった。そして再び家の玄関迄出てくると、丁度そこで遊んでいた私に、お前のパン代を払って来るからねと言うと外へ出て行った。それから私は、しばしばご近所のお店のパンを自身で買いにやらされたり、家の大人が持ち帰って来たパンを、時には食パンの事も有ったが、当時の餅焼き網で焼いて焦げ目の付いたパンを日常的に口にする機会が増えて行った。 

 私はこの一件から、五郎さんと言う人物の存在を知った。それでその人物について家族に聞いてみる事にした。

 先、父に聞いてみると、はぁてと言う感じで、親が話さない事を子供の自分の身で話せない等何やら消極的な態度だった。父は私の問いかけに答えを返さず、反対に何処でそんな名前を聞いたのかと真面目腐った顔で問い掛けて来た。煙草屋さんでだよと、私は父に事細かにその時の事を話して聞かせた。

 すると父は、私のその時の窮状を理解したのか如何なのか、他の事を考えたのか、兎にも角にも彼の両親に相談してからだと言った。

「その後、お前に話すかどうかする事になるだろう。」

そう父は言うと、私の祖父母の居所にしている座敷へと向かった。

 数日して、父は私に改まった顔で話が有ると言った。私は何事だろうと思ったが、叱られるような出来事はここ数日何も無かったので、無防備のまま、畳の上で胡坐を搔いた父の前に座った。

「この前の、五郎さんと言う人の件だがなぁ。」

父は言った。この家に以前いた者だから、さん付けにする事も無いんだが…。と彼は暫し考えていたが、うんと、相槌を打つと、「五郎ちゃんと言おう。」と言った。これからは、その人は五郎さんではなく、五郎ちゃんだ。

 こう聞くと、私はこれから始まる父の話が、この前私が彼に訊いた五郎と言う名前の人の話だと察しがついた。以下、父の話はこうだ。

 五郎と言う人は昔この家に居て育った父の家族で、名前で分かる様に父四郎のすぐ下の弟だ。学校を卒業してすぐ貰いたいという人がいて、早くに他所へ養子に行ったという事だった。そして、不幸にも当時の不治の病で亡くなったという事だった。

「五郎は病死だ。しかも、この家を出て他所の家の人になってから亡くなったんだ。」

だから、この家では彼の事は話さない事になっている。そう父は説明した。「五郎の名は、この家ではタブーだ。」言ってはいけない名前だと彼は付け足した。


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