女性客はキュッと唇を噛み締めた。眉根に皺を寄せ、嫌な顔をしてチラリと彼を見た。その目には彼に対しての批判がこもっている。『まぁ!、相変わらず早とちりをして、未だ話の内容が分からないでいるのね。』、彼女は思った。本当に苛立つ掛け声だ、丁度間の悪い時に入って来るし。もうこんな店来ないわ!。ここでハッと女性客は気付いた。『そういえばここ、私たち以外誰も居ない。昼時なのに。注文の電話も無いわ。』。
彼女は改めて店内を見回して見る。戸口が往来と横道の二ヶ所在り、何方も木枠に曇りガラスが大きく嵌め込まれている。季節柄、この出入り口は現在開け放たれている事が多い。現に今も横道の戸は引き開けられていた。また、横道に面している場所に在る厨房の脇は、この店の家壁に当たる場所で、その壁の上半分の一面に、やはり木枠に曇りガラスの嵌められた、引き違いの窓が外気に明るく連なりとなっていた。この側面の引き窓を開け放てば、厨房から横道は素通しだ。開放部分の多いこの食堂内は明るく、内装も下が白、上広範囲が空色という壁色で統一され、モダンで清潔な印象を与えていた。店は清潔感に満ちているのに、
「店主は清潔感から程遠いのね。」
彼女の思った事がつい口を突いてぽろりと出た。彼女は店内と主人のイメージのギャップが面白くなり、続いて厨房にいる店主の顔を見ると臆する事無くくすりと嘲笑してみせた。
「姉さん、いけないなぁ。」
透かさず、彼女の真向かいに腰掛けていた男性客が彼女に言葉を掛けた。
「今の態度はいけないよ。」、「鼻持ちならない態度というやつさ。」と、彼女の舅で在る彼は厳しい顔付で厳かに言った。
「そんな態度を人に続けると今に敵を作るよ。」
舅は嫁を諌めると、一寸ここで待っておいでと、彼の苦言にご機嫌を損ねたらしい顔付きの嫁と、ぽかんとした顔付きの彼女の子等を共にそのテーブルに置いた儘で、はー、やれやれとやおら立ち上がった。
「さっきから気になってたんだね、私もだよ。」
そう嫁に言って、舅である彼は厨房にいるこの店の店主の元へと歩み寄った。
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