ここで私は一つの問題に出くわした。私の歩みと共に近付いて来る、縁側へと向けて開いた戸口、その戸口の向こう、縁側に私の母がいるように予感して来たからだ。
この時の私は、心情的に母と顔を合わせたく無かった。戻ろうかと内心思った。私は玄関迄戻ってまた外出しようかなと考えてみたが、その時の私の耳に、滅入った後に機嫌がよくなった自分のどすどすと気前良く立てていた足音が響いて来た。
『駄目だ。』
私は思った。ここから玄関迄戻るのは余りにもあからさまだ。特に私の予感通り、実際に母が縁側にいた場合、母は私が母を避けて玄関に戻った事を悟るだろう。人の行為の裏側について、母は実に敏感に悟るのだ。この頃の私にはそれが分かっていたので、態とらしい事を仕出かしたく無かった。
廊下で歩みを止めそうになった私は、ごく自然に歩調が進むように、また足音にしても今まで通りの音が出る様に気を配りながら、やや緊張して縁側の障子戸に近付いた。この時、顔だけ先に出してチラとだけ縁を覗こうかとも思ったが、私の体はそれ迄の動きで進み、私は戸口に差し掛かった。当然私は顔を左に向けて、自然に向こうの景色を眺める様な感じで縁側を見た。
『いた!。』
母の姿を見た私は内心嫌に思った。やはり悪い予感は当たっていたのだ。今しがた祖母から母への多数の褒め言葉を聞いた後に、何故かしら私は母の顔を見たく無かったのだ。そして彼女と話もしたく無かったのだ。このまま後退りして戻ろうかとも思いながら、私はその場でストップモーション、静止した。
内心苦笑いしながら、台所まで一気に行こうと焦る中、私は身動き出来ずにいた。そこで渋々縁側にいる母の観察を始めた。何をしているのだろうか。
母は縁側の一番奥の位置に座り込んでいた。先程の続きをしているのなら床磨きだ。私がそうなのかなと思っていると、母の後ろ姿はつと立ち上がってこちらを向いた。やはり彼女は片手に糠袋を持っている。この糠袋が確認できた事で、私は長い事母は床磨きしているなぁとやや嘆じた。先程の祖母の言葉の影響だろう。
さて、母がこちらを向いた時、一瞬彼女は私の方を見て私と目が合ったような気がした。が、彼女はその儘床に視線を落とすと、ふんふんという感じで左右の床に目を配りつつゆっくりとこちらに歩いて来る。そして縁側の中間点に近い場所で再びしゃがみ込むと、膝を付き俯いて床を磨きだした。母は私に気付かなかったのだろうか?、私は思ったが、案外母も私と同様に、私の顔をみたく無くて、話もしたく無いのではないかと勘ぐったりしていた。
私が戸口で行きも戻りもせず、にっちもさっちも出来ないで立っている事を、母は何時気付いたのだろう。彼女は床から顔や目線を上げない儘で私に言葉を掛けて来た。
「智ちゃん、さっきからそこにいるんでしょ。」
母は私に、そこで何をしているのかと尋ねて来た。
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