『信じられない。』
そう大した事も無いこいつが、どうして大将に…。兄の胸中には羨望や妬み等の感情が交錯し、その後弟に抜かれたという劣等感を感じると、彼は自己嫌悪の感情に陥るのでした。一瞬の内に嵐のようにこれらの感情が彼を襲い、吹きすさび、通り過ぎて行ったので、彼の心には自己嫌悪の暗い感情だけが取り残されていました。
彼は叔父や弟を前にして、年下の弟に感じた劣等感を悟られまいとすると、酷く緊張して当然顔色が悪くなりました。彼の顔色は青ざめるというより土気色に変わり、体もぶるぶると震えが来て、自身では到底止められ無いところまで来ていました。彼はその場に立っているのがやっとでした。
「母さん、」
と彼は母を呼ぶと、「僕、…気分が悪いから、…風邪を引いたらしい。」と、さもうわ言のようにぽそぽそとそれだけ言うと、それっきり黙りこくった儘、彼は自分の自室に引きこもってしまいました。
廊下で彼を待っていた母の方はこの間の事情が分からず、長男の急な体調の変化を妙に思い、如何したのだろうかと訝しく思いましたが、風邪だと本人もああ言っているのだからと、彼に合わせて、居間の箪笥の上に置いてある薬箱、その中にある風邪薬を捜しに行くのでした。
「あんちゃん、如何したのかな?急に。」
兄の顔色の悪さを弟は気にするのでした。彼はあんなに具合の悪そうな兄の顔は初めてみたと思いました。何時もおっとりしていてにこやかで優しく穏やかな気性の兄、その兄の、彼の目の前での思いがけない状態の急変が、兄の口から出た病気のせいだとばかり考える弟は、普通の風邪かしらと兄の容体を案じるのでした。
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