そして、その日は2人ともフタマタの話にはそれ以上触れないで過ぎたのですが、後日そうもいかないようになって行くのです。
昨日の事です。父に二股について尋ねた時、背を向けていた父はついに来たかという感じで肩を落としました。
「誰かがお前に言ったのか、そうか、今に言われると思っていた。少しは懲りただろう。」と父は私に背を向けたまま言うのです。
意味も分からない言葉に何故私が懲りるのか?
それも不思議でしたが、どうも、フタマタは動物ではなさそうです。
父の物言いでは何だか私がフタマタというものみたいだと思ったことでした。
「お父さん、フタマタって動物じゃないの?」
「おや、さて、そんな動物がいたかしら?これって動物から来た言葉だったかな?」
と、父も二股については詳しくなさそうな事を言い出し始めました。
私は父でもよく知らない難しい言葉なのだという印象を受けました。
父は、私に見えないようにこっそり何か持ってきました。
それを私には隠しながら、ちらちら見たり、考えたりしていましたが、私が聞くことには順々に答えてくれるのでした。
時には電話も利用していました。
さて2つの言葉の説明に入ると、二股の方の父の説明は特に念入りでした。
一般的な説明の後、
「普通は男の子が好きな女の子を何人も作って、まあ、大抵は2人だけど、どっちにも好きだと言って同じ時に、これが大事だ、同じ時にだぞ、どっちも好きだと言って遊んだり付き合ったりすることだ。普通は男だぞ。」
と、私の顔を覗き込むようにしげしげと見やるのです。
「男の人の話なんでしょう。」
私には全く関係ない、気乗りのしない話でした。が、父が、
「逆にこれが女の人でも、女の子でも、同時に、同じ時に、好きだと男の人や、男の子に言って。普通は2人だ、が、何人にも言って、付き合う、遊んだりだよ、するのも、二股というんだ。」
と言うと、どうだと言わんばかりにふんぞり返り、私に向かって覚えがあるだろうと言い放つのです。
私は妙に思って、特に無いというと、父は意外な顔をしました。
「おまえ、男の子とみたら、でもないだろうが、付き合おうとあっちこっちで言ってるそうじゃないか。」
と言うのです。
まさか、付き合おうなんて言った事一度も無いと私が反論すると、父は狐につままれたような顔をしました。
外で聞いている話と違うというのです。
何時私が誰に付き合おうと言ったっていうの、それを誰が言ったの?
私が真顔になってぷりぷり怒りながら父を問い詰めると 、父はやや小さくなって
お前男の子と何時もどんな話をしているんだと聞くのです。
今日みたいに知らない言葉とか、本の話とか、友達の話なんかだけど、誰それがどうしたみたいな。
そう言うと父は、
それで仲良くなったら男の子に何て言うんだ、と言うのです。
私はにこっと笑って、親しみをこめると「大きくなったら結婚してあげるね!」だよ。と答えます。
何時もこう言うと男の子は皆とても喜ぶんだよ。と、私は世間で皆に親切にしている事をこの機会に父に報告できたので、とても誇らしく思うのでした。
父は顔を赤らめて、小さな声で
「尚更悪いわい。」といいました。
そして、
「お前、何時誰にその言葉を言ったかちょっと言ってみろ。」
と、罫紙と鉛筆を持って来るのでした。
私は思いつくままに、過去から遡って何時頃誰にこう言ったかを父に報告するのでした。
聞き書き終えて、父は私に向き直ると大層真顔になって言ったものです。
「お前皆と結婚するつもりか?どうするつもりなんだ。」
あれぇ、と思うと、私はえーっと思ってしまい、事の重大さに気づくのでした。
私は赤くなって畳に突っ伏してどうしよう、困った!と言うのでした。
確かに、私は親しくなる男の子には大抵
「Junちゃん、大きくなったら誰それちゃんのお嫁さんになってあげるね。」
と言って、男の子を喜ばせてあげたものでした。
何故そうしたかというと、今まで私がこう言った男の子は大抵皆、とても喜んでとても幸せそうな笑顔になるからでした。
私にすれば人を幸せにしている気分だったんです。女の子には言えませんからね、こんな言葉は。男の子限定です。
女の子の友達の場合は別の事で喜ばせてあげていました。人気のままごと材料を調達してあげるとか、折り紙で難しい所を折ってあげるとか、共に遊ぶ中で出来る限り親切にして上げていたのです。
だから今までこの言葉を男の子に言う事は、人を幸福にする親切心のつもりでいたのです。
父から二股は将にお前だ!と言わんばかりに決めつけられて、叱られたと思うと顔から火が出るほどの恥ずかしさを味わった瞬間でした。
この時助け船を出してくれたのは祖父でした。年端もゆかない子供の事、これから注意させればよいし、向こうさんにはお前(父)が菓子箱でも持ってお詫びに行けばよいじゃないかと、父を輸してくれたのです。お前の時にわしもそうしたと。
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