Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

マルのじれんま 46

2020-06-12 19:40:17 | 日記
 マルの医術の腕は確かな物でしたから、バツ艦長は九死に一生を得て奇跡的に回復したのです。彼の率いる宇宙船の全乗組員にすると皆艦長の復帰を諦めていただけに、この艦長の病の好転をマルに感謝感激を以て返したのでした。これ以降マルは思わぬ抜擢を受けました。バツ艦長率いる宇宙船の医療スタッフとして皆に大歓迎されて迎え入れられると、艦長の骨折りで元の宇宙艦隊の一員に無事復帰できたのでした。

 「また艦隊に戻って来れるとはなぁ。」

医療室のドクターの正式な制服をパリッと身に着けて、再び勤務船の医療室に立ったドクター・マルは、船の窓外に映る漆黒の闇を見詰めると、時折り煌く星々を彼の目に映しては感慨無量の思いに浸るのでした。

 『そんな事もあったな、もう遠い昔のように思うが…。』。ドクター・マルは過去の思い出を振り返りながら、また元妻スーの事を考え出していました。

 私にはもっと彼女にしてやれる事があったかも知れない。彼は後悔していました。スーとの別れの時、彼女の虚な表情を思い出していました。寂しげで悲しそうな、不安を含んだ彼女の無機質な瞳。そんな痛々しいスーを彼女の親元に1人残して来たのだなぁ。彼は今深い自責の念に駆られるのでした。

 「どうしました?。」、紫苑さんがマルの様子に気付き声を掛けました。気付くとマルの頬が濡れていました。マルは思わず濡れた物に気付いて頬に手をやり、拭うと、いやぁと返事をしました。

「ちょっと思い出しましてね。」

マルは照れて微笑みました。

「私にも人生色々ありましてね、あなたの思い出に自分の思い出が重なりました。」

「一寸感涙しまして。」

と言葉少なに結ぶのでした。

梅雨入りしました

2020-06-12 08:56:07 | 日記

梅雨空に思う 2

   私の心の中の約束箱はというと、空だけに最初それは真っ新な白い色をしており、プレゼントボックスの様な軽い紙箱風のイメージでした。その白さと軽量感が、如何にも私は清廉潔白だと自身......

 こちらの地方も昨日梅雨入りしました。昨年よりは遅いそうです。
 私は先週からあれこれと思う所が多く、つい感情的になって仕舞いそうで、必要のある電話が出来ずにいました。詳しくは書けませんが、新型コロナ騒ぎの世情でなくても、個人の事情においてさえ、経済と安全、人の感情の狭間に立ってしまいます。よくいうあちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず、両者の間に入る人間も困ってしまうものです。
 誰が誰とは言えないのですが、Aを思えば、経済的だけどCが心配。Cを思えば、結構な不経済だしAにとっても悪いらしい。経済を優先させれば、将来的に今後の個人の事情が安泰に成り立って行くかどうか。可なり不安。
 不安な世の中、世上の落ち着かない時に、バタバタ慌ただしくすることも無いのかなと、じっくりと数日考えていたのですが、やはりこの世情のせいでしょう、未だに精神的に冷静な状態になれない事です。
 
 


マルのじれんま 45

2020-06-11 09:36:00 | 日記
 マルは紫苑さんの話を聞く内に、紫苑さんの妻に自分の前妻の面影を重ねてしまいます。彼の瞼には別れた妻の美しい面影が浮かぶのでした。「奥様は?、お美しい方だったんでしょうなぁ。」、つい呟くようにそんな事を紫苑さんに尋ねてしまったのでした。

「いや、十人並みでしたよ。」

紫苑さんは答えました。

 微笑みながら、ぽつぽつと穏やかに話を続ける紫苑さんに、時折相槌を打ちながらマルは耳を傾けていましたが、心中では彼と同じ自身の恋愛時代から結婚生活、そんなある日の1コマ1コマが彷彿と浮かんで来ては消えるのでした。

 同じような事が有る物だ、ドクター・マルは思います。『スーも私の事を彼女の物だと言った事があったな…』。彼は独占欲の強かったスーの、その持ち前の所有欲に飽き飽きすると遂には疲弊して離婚してしまったのでした。

 彼の前妻スーは名前をスー・ワレバ・ボッタンというのでした。非常に美しい女性で、得意料理は母星のデザート料理の一つ「ポリポリ」でした。実際マルもこの料理に引かれて、彼女は美しいだけでなく料理も上手なのだと思い結婚を決めたのでした。結婚式にはマルの家族代表でエンが出席し、彼はその時に彼女の手料理ポリポリを堪能していました。「美しいし、料理上手、兄さんは良い嫁を貰ったなぁ。」と、エンは本当に感嘆した様子でスーに見惚れると挨拶していたくらいです。

 しかし、いざ結婚生活に入ると、マルは自分の判断が間違っていた事に気付きました。彼女はポリポリ以外の手料理を全くといってよい程出来なかったのでした。料理は全て家事用のロボット任せ、お陰でマルは画一的な食事に甘んじる毎日でした。当時はもう宇宙船で働いていたマルです、仕事場で取る食事と家庭での食事が全く同じ形態でも、彼は目に映るスーのその美貌で彼女の七難を受け入れていたのでした。

 が、それも僅かの期間の事でした。彼女が彼を所有しているという感情は度を越していて、何時しか彼は自身の仕事もままならない程に彼女の為に自分の時間を割く事になったのでした。彼の職場の異性への嫉妬、勤務で遅くなるとあらぬ疑いを掛けて問い質す、果ては船の医療室に迄押しかけて来るという様な、一種妄想癖の有る彼女の性質にも気付くと、医師である彼はそんな彼女に付き添い看護したのでした。遂には看護疲れと、離職の憂き目に会い、彼自身の生活もままならなくなり離婚へ。実家に引き取られた彼女はその後専門の病院施設へ入り、今も療養していると彼は宇宙の風の便りで聞いていました。

 その後の彼は一時艦隊からも離脱して不遇の生活を送ったのでした。

「バツ艦長に出会わなければ如何なっていたか。」

マルは飛び出してきた故郷の母星にも帰る事が出来ず、星間の星々を転々としていた流浪の頃、そこで偶然出会ったバツ艦長の重病の手当てをした時の事を思い出していました。

マルのじれんま 44

2020-06-10 09:04:20 | 日記
 さて、紫苑さんは一口琥珀色の液体を口に含むとその懐かしい滑らかな甘い味を舌の先で味わいました。遥かに幼い頃の過去の自分から、現在の未来に迄至った自分の身上を思いつつ、己が味蕾で今受容するりんごジュースの味わいは、セピア色した写真のようにさえ感じる味覚でした。遠い記憶の澄んだ味覚と現在の物を符合させると、それが全く同一な事に改めて1人感じ入ると、彼の気持ちは、彼の純真な幼い頃の自分に戻ったような心地になるのでした。

 彼女と私の間にも純真な感情の流れが有った。紫苑さんは亡き妻との出会いの時の事を思い出していました。彼は目の前に絵画を見るような面持ちで脳裏にその時の事を思い描いていました。

「後どの位かかるでしょうか?。」

その声掛けに紫苑さんが振り向くと、屈託のない晴れやかで若々しい笑顔の女性が彼の顔を見詰めていました。彼はその彼女のトリコロールの色調の襟の色彩にハッとすると、彼女のはつらつとした曇りのない笑顔に魅了され、しばし沈黙して彼女を見詰め返していました。彼女の服装や笑顔、その雰囲気などが将に彼の好みにぴったりと符合していたのです。彼は直ぐに彼女の顔から自分が視線を外せない事を不思議に思いました。

 彼女の方は、相変わらず悠然と明るい笑顔を彼に向けて、自分の問い掛けの答えが彼から返って来るのを待っていました。この後、彼女が再度紫苑さんに同じ質問をしたところで、彼ははっと我に返ると、あと2時間待ちですよ、人気のある会館はそのくらい待ち時間が有るのですと、説明したのでした。この彼の物慣れない上がり気味の声を聞いた女性は、如何にも婉然とした笑顔を彼に向けて、優しい眼差しで彼を見詰めると口元を綻ばせました。

 ふふふ…。ここ迄マルに話した紫苑さんは思い出し笑いをしました。

「後に聞いたんだがねぇ、」

紫苑さんは相好を崩しました。この時、妻の方は見つけた!と思ったんだそうだ。

「見つけた!、私の物だ。」

そう思ったと言うんだよ。私の事をね。紫煙さんはそう言って恥ずかしげに頬を染めるのでした。「人の恋愛話など面白くもないでしょう。」紫苑さんは自嘲気味な声でマルにそう言うと、照れて咳き込んでしまいました。彼は思わず目が潤みました。聴いていたマルの目もです。