最初にブログの面白さ、について。
「西村睦子」で検索していましたらこんな頁が。
http://blog.goo.ne.jp/haiku_2007/e/a70a87232c7bfb1d311822adf55af8f8
このなかに、「著者謹呈」のことが書かれています。
私の持っている本にも「謹呈 著者」が挟んでありました。
因みに私の本は新品同様で定価3000円に1000円の売値がついていたものです。
古本ではなく、贈呈をうけて間もなく売りに出した、かなり低価格で(手元に置いてお
きたくない?)という背景が「謹呈著者」の札付きに伺えます。
さて、俳句界に不案内(私もそうですが)の読み手の方に、虚子と秋桜子の関係の一頂点
を紹介しておきます。 三省堂 『現代俳句大事典』 からの引用です。
≪「ホトトギス」にあらずんば俳人にあらずと謳われた虚子神格化の俳壇で、初めてのアンチ
・テーゼであった秋桜子の造反、離脱は、そのまま俳句近代の夜明けと位置づけることができ
る。この31年(1931・昭和6年)の「事件」の意義の大きさは計り知れない。≫
この「31年の事件」というのが昨日述べました “ 昭9 虚子編 〔新歳時記〕” 刊行の
背景になる秋桜子の「ホトトギス」からの離反です。秋桜子が虚子のもとを離れるわけは、虚
子の唱えた「客観写生、花鳥諷詠」が行き着くところ「微細なことが客観的に描かれてゐると
いふことが近代的特色」(虚子)ということになり、高野素十の
甘草の芽のとびとびのひとならび などが評価されます。
これに対し、「何の芽がどうなってゐるとかいふことーーは科学に属することで、芸術の域に
入るものではない」(秋桜子)という批判がでてくるわけです。その挙句 「虚子 × 秋桜子」にな
り、秋桜子は確実に俳誌「馬酔木」を拠点に地位を固めていきます。
これをみて、虚子は方向転換を図ります。西村さんは≪(昭9 虚子編 〔新歳時記〕の序文
を解説し)これは明らかにそれまでの客観的写生路線の否定と修正である≫として、≪(虚子
は)客観写生の行き過ぎに、みずから実に巧妙にブレーキをかけている。≫≪何食わぬ顔をし
て秋桜子に先手を打つこのしたたかさとバランス感覚の凄さ、これぞ虚子の経営感覚の真髄と
いう気がしてくる。≫と結論づけています。
先に紹介しましたブログでも、そのへんのことを≪極めて衝撃的な分析が書かれている。小
気味いいが、ショックでもある。≫としています。 たしかにその通りで、いささか俳句に関心を
持つ者としてこの世界を 「客観的視点」 でみる必要を感じさせられました。