kaeruのつぶやき

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八月十五日も……。

2016-08-15 17:31:03 | kaeruの五七五

   忙中閑あり、と言われるくらいですから、昨日のごちゃごちゃの間にも閑があっても不思議ではないでしょう、そこで振り返ってみたらありました。

  午後のひと時「歳時記」の何冊かを開いて「原爆忌」の句を読んでいたのでした。それと俳人宇多喜代子さんの季節の言葉としての「原爆忌」についての思いが心をとらえられていました、こうあります。

【 昭和二十年(1945)八月十五日、広島にウランを用いた最初の原子爆弾が投下され、未曾有の惨害をもたらした。同じく九日には長崎にプルトニウムを用いたものが投下され、ここでもまた多くの死傷者を出した。この両日の犠牲者を慰霊し、反核、世界平和を祈念する行事が、広島、長崎を中心に各地で行われる。一般には「原爆の日」だが、歳時記では「原爆忌」としている。古い歳時記だけでなく、現行歳時記でも記載のないものもあり、立秋が六日と九日を分けることもあるという理由のためか、夏の部に編入したもの、秋の部に入れたものがある。なかには広島は夏、長崎は秋、などとするものなどあるが、「原爆の日」「原爆忌」に限っては、季語の約束事や情緒を味わうという気分で用いるべきでないだろう。その悲惨な体験を語る人たちも少なくなりつつあるいま、肉声のこもった句をみることも稀になった。】

 

八月の句会はメール句会でした、投句した八句のなかに

    歳時記に原爆忌のある国で詠む

がありましたが、主宰から

「いいたい作者の気持ちは十分にわかる一句です。  

   歳時記にある原爆忌    で止めたいですね。」

とありましたので昨日の午後の歳時記読みの時間になったわけです。

他の句も推敲し結局八月の五句としては、下のとおりです。

 

  上五の「伝えよと」は直接には宇多喜代子さんの言葉を読むなかで自分の気持ちのなかでの変化でした。「肉声のこもった句」が稀になるなかで、嘗て肉声の句を詠んだ人々が季語「原爆忌」に託したことを万分の一でも受取れるならば、歳時記を開いた時間が生きてくると思います。 

  今日は八月十五日、季語「終戦記念日」(敗戦忌・終戦の日・敗戦の日・八月十五日)があります。手元の歳時記の解説はこう記しています。

【 八月一五日。昭和二〇年(1945)、日本はポッダム宣言を受諾、無条件降伏をして、第二次世界大戦が終了。戦争に突き進み、多くの犠牲者を出したことを反省し平和への希求を確認する日。追悼の心で過ごす人が多いが、戦争を知らない若者も増えた現実がある。忌日としたのは俳人の志である。】

  ここにも「伝えよと」歳時記に残した多くの故人の志があります

   敗戦日いのちをこめて五七五      三葉子