投句の〆切寸前を「主宰」に指摘され慌てて済ませたのは一昨日でした、今日は選句で出し遅れ、でもこの失態は「主宰」も絡んでいました。当方の選句が済まされていると勘違いして締め切ったとのこと。〆切は今夜中9時までだったようですが、実はその時刻は頭から抜けて、一応今夜中には選句を済ませるつもりでいましたが……。
それにしてもこういう文芸関係の組織を運営することの難しさ、というようなことに気が向き以前買っておいた雑誌を広げてみました、
多分この時買ったのは「俳壇のドン」が目についたからでしょう、同時に「俳句結社、21世紀宣言!」にも関心がありました。2004年12月号ですので18年前、兜太さんも元気いっぱいでドンとして俳壇にどんと座っていたのです。稲畑汀子さんが亡くなったのは今年2月ですので18年前は兜太さん以上に「どん座り」は堂に入っていたことでしょう。鷹羽狩行さん、1930年生まれ健在、となると現俳壇には独り狩行さんが座っている?
ということはいまはどうでもいいことで、要は俳句を楽しむにしても世話役さんが中々大変気を使い骨を折っていることだろうと思います。この雑誌によれば18年前の数字ではありますが、結社数全部で700にのぼるとあり、俳句結社は世界に類を見ない日本独特の文芸組織だと記しています。
以前、我が句会を司っている人を主宰とこのブログで紹介したら、それを偶々見た彼女の俳句仲間から「いつ主宰になったの?」と聞かれたそうです。俳句界では結社を持ち俳句誌を発行している人を主宰と呼ぶらしいのです。でも我が句会で俳人と称し得る人は彼女だけだし、その人の日常的な指導と世話によって運営してきたわけですから、俳句界でどうあろとその人は主宰なのです、とは言え俳句界には俳句界としての目もあるでしょうから「主宰」とカッコして記しておきましょう。
ことほどさように伝統色を内包している俳句ですが、それだけに「温故知新」の故を抱えつつ新をつくり出す活力を持っています。それがあればこそ、五七五のリズムを中心に日本語を踏み台に世界の各国の言葉にも影響を与え広がっているのでしょう。世界で最も短い詩だと言われる俳句という文芸の言葉の魅力と可能性を追うことと、句会を中心にした組織の運営にももっと関心をもち日常生活の他の面にも活かしていけるのでは、とこの二、三日の体験から思いを致しているところです。