自分が関数を学んだのは何時頃か自問したのは一週間前のことで、R先生と同じに高校に入ってからだと思っていました。
ところが、小学校6年生で関数(当時は函数)を習っていた筈なのです。
これは昭和22年度の「学習指導要領」の第六学年のものです(赤字はkaeru)。
昭和22年度の学習指導要領によります。
実際教室でどう教えるかについても、
こう示されると、1949年から50年にかけてのある時期、長野県上田市南小学校の教室でこの内容で「函数(関数)」を学んだはずなのです。イヤハヤの思いが深く、合わせて五、六年を担当してくれた先生・八田先生を思い出しました。その前の三、四年担任の女先生があまり好きでなく(一、二年生の時の女先生がすごく良かったので)、八田先生は今でも思い出されてきます。私たちが中学に行ってから先生を辞めて、自衛隊に入ったと知り裏切られたような思いをしたものでした。
この「指導結果の考査」に、関数の習得による「生活の合理化」の可否が示されています。当時の日常生活に関数が入り込んでいたのだろうか、それにしては関数忘れは深い。いや、あまりにも深く入り込んだため無意識のうちに潜り込み、言葉としての関数は忘れていた。
一枚63円のハガキ27枚必要、幾らあればいいか、に類する計算はいつでもやっていて、多分ひと昔は紙で計算していたかもしれませんが、いまはスマホで……。となると言葉の関数は忘れているが日常生活では使ってる、と鼻を高くしている場合では無いはずです。算数水準の関数から数学としての関数に至ってはじめて日常生活のなかで抽象力を発揮できるのでしょうから意識して関数を学ぶことがキモになることでしょう。
こう関数関数と「つぶやき」を重ねてくると、ライプニッツの名前も含めて一気に関数が身近になりました。
これからが関数の勉強です、ガンバリます。