従妹のR子ちゃん(以降、Rちゃん)から
「藤井聡太王将戦7番勝負初防衛(4勝2敗で)すごいです」
と、ニュースが入って来ました。
やはりそうなったか、という感じです。3対3で最終対局か……、という期待もありましたが天才+若さの持つ勢いでしょう。
さて、タイトルの俳句を感慨を持って読む若者がいたら、ある種の天才でしょう。その天才性は日本の歴史を創りつつ、世界史を新しい段階に押しだすものだと期待されます、必ず現れると思えるのです。
各大学の合格発表が、悲喜交々を生み出し、多くの天才候補も己の才能の再評価やら、新展開に心躍る思いを深めていることでしょう、パンデミックとウクライナでの戦争は、彼等彼女らに日本史世界史の21世紀をどう切り拓いていくべきかの意識性を求めています。専門学科に関わりなくすべての学ぶ者に、歴史を拓く者としての意識を当事者感覚にまで高めることが期待されます。
こんな風に「つぶやき」たくなったのは、天才藤井聡太勝利のニュースばかりでなくこの本の、
このページによります、
以前、ある御婦人の話のなかで「うちの娘は歴史が好きで、暇ができると城巡りをしています」と……。確かに歴女とかを紹介する雑誌特集があったりします、それはそれとして一種の歴史感覚です。しかし、求められる歴史感覚とは過去を踏まえた将来への方向感覚です。
小さな子どもが、空間的な方向感覚を持っていて道筋を示されて驚かされることがあります、その時間版が歴史感覚だと言い得るでしょう。自分が生まれ現時点まで生きた経緯・歴史に立って、自分の将来と社会・世界的な方向性が一体的に見える、感覚を強調した別の言い方で「嗅ぎ分ける」とも言えるのです。
その才能は全人的才能で、ある分野に秀でているという水準ではなく全方向性を持った才能ではないでしょうか。