ロンドンでタクシーに乗ったことのある人なら感じたことがあろう。「これは馬車だ」と。黒い概観。天井高のある乗り込みやすさ。前列の補助座席と後列の座席で対面して乗る雰囲気。ミュージカル映画マイ・フェア・レディの最初、コヴェント・ガーデンのシーンで、女性が「タクシー」を停めようとするところがある。その「タクシー」が馬車であること知り、高校生だった私は驚いた。「タクシーって馬車だったんだ」と。今のロンドンのタクシーは馬車文化を引き継いでいるわけだ。
信号など使わずに、交差点のクルマの流れを見事に処理するラウンド・アバウトも馬車時代の名残だそうである。日本が見習うべき英国のものを何かひとつだけ挙げよ、と言われたら、私はあのラウンド・アバウトを挙げる。合理的だと思う。
さらに言えば、彼の国の運転マナーは総じて良い。譲り合おうとするドライバーが多い。第一、道路の優先関係がはっきりしているし、交通標識がわかりやすい。それと比べれば、日本のそれはその他のことと同様なんだかぐちゃぐちゃだ。
とまあ、クルマやクルマ社会はその国の歴史を引きずっている。クルマに限らず何でもそうだが、英国ではわけもなく変更する、ということが少ない。ある程度以上のグレードのクルマのインテリアで、ウッドとレザーを多用するクセも昔から変わらない。本物のウッドを多用するとやたら曲げるというわけにも行かず、助手席前のパネルもまっすぐ高くせり上がる感じになる。それが独特な雰囲気ともなるのである。
ところがビジネス的には英国車は成功したとは言い難い。ロールス・ロイス、ベントレー、ジャガー、MG、ローバー、アストン・マーチン・・・。皆良いクルマだが、経済的には破綻し、今も生き残るものは欧州大陸資本か米国資本傘下。あるいはヘッジファンドが株主だったりする。ジャガーとランド・ローバーは、スウェーデンのボルボとともにフォード傘下でPAGというグループを作っていたが、苦境にあえぐフォードはこの英国2ブランドの売却を決定した。おそらくまもなくインドのタタ・グループが買うことが正式決定されよう。まだ契約の細部の詰めをしているようだ。
しかしながらスゴイと思うのは、そんな状態でありながら、英国車はブランドとして残っていることである。資本がどこの国のものであれ、クルマ自体はブランドとして独立して今も尊重されているのだ。資本はフォードやBMWだったりするのだが、まったくそのことを表に出さず、売る時は元々の英国のブランド名だけで売っている。これもまた英国車達が強い個性を持っていることの証であろう。