建長寺三門。
いつ見ても立派。
三門の上にも境内にも、あちこちに「建長興國禅寺」とある。
建長寺ってニックネームみたいなもんだ。
お寺の本名は巨福山建長興國禅寺(正確には「巨」の下に小さな「ノ」みたいな点が付く)である。
小泉淳作さんが描いた雲竜図(↓)。2000年に奉納されたらしい。
法堂(「はっとう」と読みますよ。「ほうどう」ではないよ)の天井にこれが貼り付けられてある。
じゃあ、これが貼り付けられる前、天井はいったいどうなってたんでしょう??
そこには何もなかったらしい(笑)。
下の画像中央が嵩山門(すうざんもん)。この門の向こうは建長寺本山墓地(塔頭(←この言葉は説明が長くなるので、知らない人は自分で調べてね)ではなく、本山の墓地)や西来庵(僧が修行する場所)や建長寺開山の蘭渓道隆の墓、あるいは小方丈(建長寺管長さんの住宅)などがある。
建長寺本山の檀家さんあるいはその関係者であれば、建長寺関係者でなくても中に入れるが、一般観光客の拝観は不可だ。
嵩山門(すうざんもん)って、英語の女性の名前スーザンを連想してしまう名前だよね。
さらに言いますとね・・・
嵩山門(すうざんもん)と聞いたら「すうざんもん→すーざんもん→すーざん・もーん→Susan Maughan・・・」と来て、私は大昔の英国人歌手スーザン・モーンを思い出してしまうよ。
こんな曲を歌っていた。
Bobby's Girl♪
1962年にリリースされた曲だよ。私はまだ3歳。
And if I was Bobby's girl ♪
If I was Bobby's girl ♪
What a faithful, thankful girl I'd be ♪
If I was Bobby's girl ♪
What a faithful, thankful girl I'd be ♪
なんと軽い歌詞なんでしょ。
で、話を戻す。そのすぐ右横の鐘楼もすごく美しいんだけど、この嵩山門がまたバランスが美しい建造物で、いつも見とれちゃう。
縦横の比率、屋根のカーブ、大きさに対する柱の太さ、全体の形。
美しいと思うわ。
建長寺の法堂や仏殿のあちこちにフクロウの置物があるのは、なぜかご存じ?
目的は鳩除け。
鳩が建物の中に入って、上から糞を落とすんだよねー。
フクロウの模型があると、鳩が敬遠するらしい。
建長寺レシピの最高峰である建長汁を作る際、豆腐は手でちぎらないといけない。
床に落とした豆腐も拾って洗って手でちぎって入れて建長汁を作ったという逸話に基づいているからだ。
世界文化社の「鎌倉建長寺の精進料理」って良い本だわー。
そこにも豆腐を手でちぎる様子が出て来る。
精進の「精」とは純粋、ピュアなこと。
それに向かって進む、修行するところから精進。
精進料理は地球にとっても優しいピュアな料理。
だし汁をつくるのに、豚骨や鶏ガラなんてものも使わないよ。
当たり前だけどね。精進するんだから。
鰹ぶしすら使わない。
使うのは、昆布と干しシイタケだ。
北海道の昆布と九州のどんこ。
その準備をしましょ。
本来ならじっくり前日からやらないといけないんだが、時間がないので、お湯を使っちゃう。
十分香りが出たら先にどんこを出して切る。これは汁といっしょに煮込んで食べる。
昆布は少し煮る。
ちゃんとやりたい人はこんな真似しないで、前日からじっくりだしの準備をしてね。
それでは具材を切り刻みましょう。
こんにゃくをスプーンで掘り出す。
こんにゃく、大根、里芋、豆腐、ごぼう、にんじん。
ネギを刻んだ。
ごま油をたくさん使って、こんにゃくを炒める。
ごま油で予め材料を炒めてから汁ものを作るという調理法は、建長寺開山蘭渓道隆が大陸から来る前にすでに、日本にあったものなのだろうか?
それって大陸的なやり方だよねえ。
開基北条時頼と開山蘭渓道隆の政治的思惑や宗教的野心ががっちりコラボして建長寺が生まれたわけだが、料理的にはこの建長汁がそのシンボルのようなもんだ。
ごぼう、にんじんを加えて炒める。
ちなみに建長寺が出来た時(1253年)には、にんじんなんてものは日本には存在しない。
建長寺創建当時、どんな材料を入れて、建長汁が作られていたんだろうね?
日本人にとって最初のにんじんは、江戸時代になってから中国を経て日本へやって来る。
またそれとは違うタイプのにんじんが、江戸時代末期あるいは明治時代になってタマネギやじゃがいもなどと一緒に北米を経由してどんどん入って来る。
その頃に日本人もそれらを使って初めてカレーライスを作った。それまではタマネギの代わりに長ネギを使ったりしていた。
そのあたりはカレーライスの歴史を調べると出て来る。因みに牛・豚・鶏の肉の代わりにカエルを使ったケースもあったらしい。
似たような話はたくさんある。先日作ったこんにゃくとピーマン(あるいはししとう)のピリ辛炒めも建長寺レシピによるものだが、この唐辛子も鎌倉時代には日本に存在しない。ピリ辛味は精進料理で時々登場するが、草創期の精進料理にはなかった味なのだ。
コロンブスによる新大陸「発見」の結果「コロンブスの交換」が起った。欧州大陸から羊や小麦がアメリカ大陸に移動し、逆にアメリカ大陸から唐辛子やジャガイモが欧州大陸に移動した。それをコロンブスの交換と言う。
建長寺創建の頃には中国にも日本にもなかった唐辛子はコロンブスの交換以降になって初めて、驚く速度で欧州・アジアを東進し日本にやって来る。
話をにんじんに戻すと、鎌倉時代ににんじんは鎌倉では手に入らなかったはずだ。だから何?って話だが、私はこれを作りながら700~800年前の建長汁ってどんな材料が使われたんだろ?と思った。
そこに水を加えて煮る。
精進だし汁が完成したので、昆布を鍋から出す。いい香りだ。
このだしを鍋に入れる。
醤油も加えましょう。
そしてしばらく煮る。
あとは大根、里芋、豆腐だが、タイミングを見て入れましょう。
その合間に寿司酢づくり。
砂糖、塩、酢。
沸騰させて、よく混ぜて、火を止める。
建長汁に加えるネギ。まぜ寿司に使うミョウガと大葉。涼しそうでしょ?
伊豆の海苔。まぜ寿司に使う。
大根、里芋、戻したどんこを加えて煮る。
さあ、禅僧のように、豆腐を手で砕いて入れましょう。
一気に鍋が冷えた。
また煮る。
STAUBの鍋もいきなりの建長寺レシピに驚いていることでしょう。
ごはんが炊けたら、先に作った寿司酢を入れて混ぜ、ミョウガも混ぜる。
大葉とごまと海苔を使って盛り付けましょう。
これで完成だ。
大葉と茗荷で涼しいまぜ寿司と熱々の建長汁。
おいしいねえ。
だしがしっかり取れているよ。
まぜ寿司も簡単だが、ごちそうだね。よく考えられた夏のメニュー。
楽しいランチ。
熱いからなかなか食事が進まない。でもおいしい。
昆布とどんこから、よく出汁が出ているし、ごま油が味をしっかりさせてくれている。
豆腐でタンパク質。
これで十分だ。禅僧になった気分。