Reflections

時のかけらたち

歌舞伎の世界へ ・・・ looking forward to seeing Kabuki

2020-03-04 23:22:13 | art
籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)



歌舞伎デビューは4月の新橋演舞場の吉右衛門になりました。歌舞伎座はメンテナンスのため休みということです。
高校生の頃2回ほど行った国立劇場での歌舞伎教室はどうもピンと来なくて、歌舞伎に行く気がしていませんでしたが、
行くのだったら吉右衛門や玉三郎だと思っていました。

タイトルに魅かれましたが、刃傷沙汰ということで誘ってくれたあるばとろすさんは次の機会にと言うことに
なりました。3月公演は次々と中止になっていて、この流れがどうなるものやら予測もつきませんが、
見に行けるといいな~と思っています。3月末の館野泉のコンサートもボーダーライン的かも。



ヨガスタジオが閉鎖になり、他の習い事も休講になったりして、用事がない時は家でたまった郵便物を
片付けたり、今までほっておいたことをやっていましたが、郵便物の中にあった冊子に玉三郎の丹後での
特別舞踊公演会の記事があり、とても魅かれました。



閉塞的な生活をしているので、丹後と言う縮緬の里でもあり、京都府の北の先、日本海に面した舟屋を見たいと
思っていたことがあったことを思い出し、意外と近いところにあることを発見しました。ジオデシックのデザイナー
小島さんと森下まゆりさんも絶賛していた和食の「縄屋」もいつか行ってみたいと思っていたところ。なんと
京丹後文化会館と最寄駅が同じ峰山でした。お店を調べたら、現在改装中で5月開店の予定で日程が間に合うか
どうかわかりませんが、とても豊かなこの土地に行ってみたくなりました。大江山や天橋立も近く、百人一首の世界です。
娘に行くからと話したら、ちょうど土日なので一緒に来たいということでした。京都大好きな娘です。

伊根の舟屋にも行けたらいいのに夢が膨らみます。



玉三郎もこの丹後がとても気に入っていらして、第3回の公演(今年で5回目。丹後ちりめんの創業300年記念)
のポスターと記事を読んで、気持ちが飛びました。武原はんさんは地唄舞をTVで見て、その動きがすばらしくて
日本舞踊では初めていいと思った人です。玉三郎は武原はんの舞踊を復刻してさらに発展させていたのですね。
今回はまた違うものですが、能の世界とも共通して、おもしろそうです。そして何よりも美しいこと。

彩りの異なる地唄三題を並べて

 3回目を迎える玉三郎の京丹後公演。今回は「お目見得 口上」のほか、地唄三題を披露します。舞踊公演を長く
続けている玉三郎は、小さな劇場でどういうものがいいのか困っていたとき、「苦肉の策で地唄三題を並べてみたら、
意外と効果がよかったんです」と、パリのシャトレー劇場や八千代座での公演の成果を挙げたうえで、あらためて
今回の三題を紹介しました。

 『雪』は、「もともと上方舞だったものを、関東で踊れるようになさったのが武原はんさん。踊る方がいなくなって、
振りは違いますが、なんとか踊りたいと踊ったものです」。能取り物の『葵の上』は、能以外で上演するにはほとんど
地唄しかなく、「その地唄が名曲。“我世にありし古は…”のくだりの15分くらいで、一段の能よりも見やすい。春は花見、
秋は紅葉と光源氏のそばにいたのに、今は朝顔がしおれているようと、六条御息所が昔を偲ぶ踊りで、とてもよくできています」。

 『鐘ヶ岬』は、「『京鹿子娘道成寺』の“鐘に恨みは数々ござる”から、“思い染めたが縁じゃえ”までを抜粋して地唄にしたもの・・・

京丹後の魅力、丹後ちりめんの魅力
 そんな細部にまで美を追求する玉三郎が、京丹後で驚いたのが「丹後ちりめん」でした。『京鹿子娘道成寺』の恋の
手習いの踊りで使われる手ぬぐい一つとっても、都会ではなかなか出てこない時代なのに、案内されたところでは「蔵に
白生地が山と積まれていてびっくり」。そして、家の玄関の前にきれいな疎水が流れ、石の橋が渡してあるような京丹後の
街並みも気に入って、「京都の町中とは違った、別の京都がある」「土地柄がやわらかいというか、静かな場所で食べ物も
おいしい」と、迎えた3回目の京丹後での公演。

 「今の時代、気持ちがゆったりするところを見つけるのもいいのでは。大上段に構えたくはありませんが、日本のよさを
もう一度認識できる場所。そういう場所だから私も行くんです」


今回は
玉三郎は「白生地のすばらしいものは、なかなかなかった。約5年前に感動した。ここで作られていることが分かり、
仕事で使わせてもらえたらと思った」といい「初めはあるものだったけど、作ってもらうようになって、うれしくて
今日になりました」と振り返った。

口上では、京丹後への思いを踏まえて玉三郎があいさつをする。内容は「何をしゃべろうかなと思って出るので
分かりませんが、300年ということと、丹後ちりめんとの関係はしっかり話そうと思っています」。「羽衣」
「傾城雪吉原(けいせいゆきのよしわら)」も上演する。

伝統の継承について「与えられたものを精いっぱいやっていって、人との話し合いの中で新しいものが見えてくる」と考える。
「今、活躍している20、30代の人でさえ、これからの歌舞伎は想像つかないと思う」と説明した。

「来てもらうお客さんに精いっぱいのものを見せて、また見たいと思ってもらうしかない。人と人が会うことが大事」


6月にやっと思い切って行こうと思ったブータンも今年はなぜかもっとマニアックな方に人が集まって、参加者が
もう一人しかいなくて、久保さんは他のツアーから単独行動も考えたようでしたが、中止となりました。半分ホッとしたりして・・
彼女のブータンやチベット旅行はインドから入るものもあるので、だんだん旅行も困難になってきます。

ウィーンから4月に日本に来ようと思っていた姪も1歳少しの子どもを連れてくるには危険と思っているかも。
ここまで動きが止まることを想像していませんでした。サーズの時は国際会議を担当していたので、くい止めるのに
必死でしたが、今回は日本人も動けなくなっています。

コロナより人間の方が恐いっていうのもわかります。



コメント
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