Reflections

時のかけらたち

秋の終わりの高尾山で ・・・ Mt.Takao in autumn

2022-12-06 23:59:46 | seasons

11月8日

どうしても今シーズンにキッコウハグマとタカオヒゴタイが見たくて、天気予報とスケジュールを見て、急遽高尾山
に行ったときのスマホ写真を中心に。キッコウハグマ日和にキッコウハグマを中心にアップした時のものです。

ケーブル 1号路~4号路~1号路~富士道~かじき谷園地~3号路 ケーブル

この時の3号路下りと数日後の奈良山の辺の道歩きが今の膝の痛みの原因かと思えますが、この日の高尾山は昨年から
楽しみにしていたキッコウハグマとタカオヒコダイに出会えたかけがえのない1日でした。80代の素敵なシニアにも
会うことができました。

 

 

 

ケーブルを降りて少し歩いただけでもキッコウハグマを見つけることができました。


ちっちゃい花を撮っていると何を撮っているの? と声をかけて行く人がちらほら・・・

アサギマダラはもう飛んでいませんでした。


人だかりがしていて何かと思ったら、目の前にコゲラが一心にマユミの実を食べていました。
まるでメジロちゃんみたいでした。

 

 

 

 

 

 

通行止めになっていた道が開通していてちょっと行ったところに咲いているタカオヒコダイを見に。


 

 

 

もう終わりに近いオクモミジバハグマ

特徴のあるタカオヒコダイの葉、横山先生がヴァイオリンと言っていました。

 

 


この日は朝ゆっくり出てきたので、冨士道といろいろな道が出会うところの近くのベンチで
朝あるものを詰めてきたお弁当を始まった紅葉を見ながらいただきました。



 

 

 

 

山頂まで行って、トイレを済ませ、ヴィジターセンターでキッコウハグマの情報を聞きました。
今年はリフト付近はあまり咲いていなくてかじき谷園地にたくさん咲いていますよと教えてくれました。

 

 

 

 

 

 

かじき谷園地にはたくさん咲いていて、この花を撮りに来たという人と少し話をして
ここに続く3号路を下ることにしました。3号路は私にとってはイナモリソウロードです。

 

 

 

 

 

 

 

 

3号路ではシニアの女性2人がゆっくりいろいろな植物を見ながら歩いていたので
わたしもゆっくり歩いていたので連れだって行きました。

 

ここでもチラホラとキッコウハグマを見ることができました。
しかし3号路ってこんなに長かったかしら?

 

 

 

一人の方はキジョランとアサギマダラの幼虫を追って、しょっちゅうここまで来ているようでした。

 

 

高尾山には木彫りの鳥が隠れていると教えてくれました。でも心無い人が持って行ってしまうらしくて
作った人は飛んで行っちゃったと話していたとか・・・


 

ケーブルカーでも素敵なシニアと近くの席でお話をしながら・・・ もう重たいカメラは持てないと
話していました。ケーブルを降りてから二人で駅員さんにケーブルカーの種類はいくつあるのか聞いたら
青葉の模様とこの紅葉の柄を季節に合わせて使っているとのことでした。

 

TAKAO COFFEE  で1日の締めくくり。レモンケーキが食べたかったのですが、売り切れでティラミスにしたのですが、
これがおいしかった。ここのコーヒーを使っているとのことでした。

 

今はゆっくりと膝を治して我慢の子の日々です。友人が第二の熊野古道の旅の提案をしてくれて、旅の夢でも見てゆっくり治して
と励ましてくれました。今度は海の熊野古道と言われているあたりであまりハードでない高野坂を少し歩いて、前回行かなかった
速玉神社などを回り、帰りに英虞湾の海を見て帰ろうと・・ 紀伊半島も魅力的なところですね。

 

Nov. 8 2022  Mt.Takao

 

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人生の四季に生きる ・・・ Living in the Seasons of Life

2022-12-05 23:57:27 | books

 

本当に信じられないけれど、もう12月。
慌てて区の健康診断とがん検診を申し込んで12月1日に新宿のクリニックまで。

 

ほんとうは半年に1回チェックしなくてはいけない無呼吸症候群も1年たってしまったけれど、呼吸器内科も歯科も
申し込んで今月の予定。他に膝で整形外科も入り、12月は病院デーとなってしまいました。

 

高齢者になって若い頃とはメンタルでもフィジカルな面でも全く違ってくるけれど
それを十分理解したうえでも、この思いの落としどころはどこなのだろうと思ってしまうこの頃。
死ぬまでの何年かをどう過ごすかと思っても、未来は何が起こるかわからない。メンタルな面でも
フィジカルな面でも。思秋期という言葉があったのですが、白秋期という言葉もあったのですね。

白秋期 地図のない明日への旅立ち 五木寛之

なんとタイトルのジャスト・フィット感に納得。

若い頃、日野原重明さんの本はよく読みました。そういえば「人生の四季・・」とかいう本を持っていたと
思い出して探したらありました。それも2冊も。両親の所から持ってきた本の中にも同じ本があったのでした。
本の中には1989年の日仏会館でのフランス革命200年記念のラパン・アジルでのシャンソンライブのちらしが
はさんでありました。ちょうど結婚したころ。主人は日仏にも通っていたのだったっけ。もう1冊あった日野原さんの
本は母のもの。若いころから日野原さんは婦人之友社を通じてよく知っていました。

人生の四季を生きる 日野原重明 岩波書店

他に遠藤周作の「恋することと愛すること」があって、これは多分父の本棚にあったものです。父は遠藤周作が好きで
数冊持っていました。私は恋愛小説とか映画はあまり好きでなくて、あからさまに作り話のTVドラマなどは
楽しんだこともありますが、恋愛なんて信じていない。それこそillusionだと思っています。若い頃、人を好きに
なったことは何回もありますがほとんど片思いだし。もっと深いところの愛で結びつきたいとずっと思っていました。

この遠藤周作の本も面白そう。父は母に残した遺言書に結婚とは何だったのだろうと書いて母を悩ませたと思います。
本当になんてこと書くのでしょう。

愛については学生時代に読んだC. S. Lewis  Four Loves はとても納得して、今でもこの考えが基本になっています。
Friendshipというお互いを見つめるのではなく同じ方向を見て進む愛を大切に思ってきました。Charityは一つ上の
アガペーという神の愛です。そこにはなかなか近づけません。

C.S. Lewis’s famous work on the nature of love divides love into four categories: Affection, Friendship, Eros and Charity.
The first three are loves which come naturally to the human race.

 

今日は整形外科の日だったのですが、夕食も全部作って、出かけようと思ったら雨。
今杖を突いて傘をさすのは危ないのでキャンセルして、予約を別の日に取り直しました。
それで、日野原さんの人生の四季を昨日はパラパラと見直していたのですが、全部読みなおしました。

若い頃ほとんど印象が残らなかったこの本も、今読むとすごくよくわかります。

 

私は本に線をひいたり、付箋を貼ったりするタイプですが、「人生の四季に生きる」では
1か所しかマークしていませんでした。

脳を上手に使うコツは、不愉快なことや心配なことに脳を使うことをできるだけ避けて、
積極的に生きるために脳を十分に使うことです。

今読み返すと全くリアルタイムなのでよくわかります。

ウィリアム・ジェームス教授は、定年後に来る第4の人生を、自由人としての自我の誕生だと言っている。
・・・ 壮年時代に負わされたいろいろの拘束や責任や義務から解放されて、1個の人間として自在に
生活できる状態になっているのです。

自然の四季では、冬の終わりの深い雪の下にも青草がすでに芽生えています。
・・・ 雪の下にもし青草があるとすれば、それは、私たちめいめいが残す精神的遺産が次の時代に
次の季節に育つ人々に発掘されて、その時代の人々の心の中にそれが生かされるということであります。
そのようなことによって、私たちの人生は永遠に連なる可能性が生じると私は考えたいのです。

「人間が人生の最後、死に直面して一番身につけていなければならないのは、平静の心である」 
                                      アントニヌス・ピウス

I am a part of all that I met.    テニスン

 

・・・そこで私たちは人間の成長は一人ではかなえられないということに気づくのです。人は他の人間に
出会うことで成長する。私たちが出会う人間は、優れた先人とか学者とかのように、成功した人ばかりでは
必ずしもなく、むしろ悲劇の人であったり、破産をした人であったり、失職した人であったり、陽の目をみない
作家であったり、病気で再起不能になった人で会ったりする場合が多いのです。そのような人々との出会いを
通して、私たちは実に多くのことを学びます。

この定年後の時期は、単に引退するのではなく、むしろ創造的引退(creative retirement)と表現される
生き方を目指せば、明るい人生が展開してくるように思います。

フランスの心理学者ジャネの法則
人は年齢によって時間の経過する早さが違ってくる
同じ10年でも、その当人にとってはその長さが年代に反比例して感じられ、10歳代の時の10年比べて
50歳代の10年は、五分の一、すなわち2年でしかないということになります。

「老人性痴呆は患者から心を奪い、家族の心を破る」J.ストーン博士 

老人はまた、自分がたとえ小さい存在であると感じても、自分の中にはなにかまだ使いうるもの、開発
すべき脳があり、使える手足があることを考えて、心とからだを最後まで使い続けることが望まれます。
・・・そのようなしなやかさを持ちつつ、一方、人の苦しみが共感できる老人として生きることができれば
それは最高の生きざまではないかと思います。老人には再び春は来ない。しかし、雪どけの春を待つ
しなやかな心、病みつつも春を待つ心を最後の姿として画きたいと願うのです。

老いに生きることをもう少し前向きに考えると、それは、老いもまた与えられた恵みの時という受け止め方
になるでしょう。
・・・人には齢をとってからも新しい生き方のあることが、多くの先輩による実例として示されています。
私はおいても心健やかに生きたマルチン・ブーバーの言葉をいつも心に抱いています。20世紀の生んだ最高の
哲学者ブーバーは75歳になった時、その著書「かくれた神」にこう書いています。
「年をとっていることは、はじめるということの意味を忘れていなければ、すばらしいことである。」

私たちに、いよいよこの世を去らなければならない日が来たとき、タゴールが「人生の終焉」の詩に歌った
ように「私の頭陀袋(ふくろ)は空っぽだ。ー与えるべきすべてを与えつくした」といえるでしょうか。
もしそうでなければ、ローマの詩人、ユヴェナリスがうたったように「人生の最後を自然の賜物として
受け取る心」が私たちに与えられて、私たちは静かに死の川を心静かに渡ることができましょう。私たちは
哲学者マルチン・ブーバーにならって創めることを忘れない老人となって行きたい、そしてどんなに激しい
波風の中にも平静に生き、そして、人生の最後を自然の賜物としてしずかにうけとれるよう、生涯を通して
学び続けたいと思います。

この本は日野原さんがNHKの依頼で5話にわたって話した内容を本にしたものです。
学生時代にブーバーの「我と汝」を読んだことがありました。どんなだったかまた見てみようかな・・
あの頃は立教大の加藤先生と出会い、デカルトとかパスカルとか読んでいた時代でした。
加藤先生との「万葉集」の読書会も忘れ難いものです。

 

※日野原さんの本は2冊持っているので、もし読みたい方があれば差し上げますので連絡ください。

 

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彩とりどりの日 ・・・ colorful day

2022-12-03 23:58:20 | a day in the life

膝を壊してから初めての本格的なお出かけ。3年ぶりに開催される昔織物を習っていた工房でスタッフをされていた方達
と仲間の作品展を青山まで見に行きました。2週間は1日歩くのは30分だけと言われて、今まで出かけたのは
駅からすぐのクリニックでの健康診断、チケットを買っていた武道館でのコンサート、駅近のお店での小学校の
ミニクラス会、タクシーで行った近くの肥後細川庭園の紅葉最後のライトアップくらい・・・
そして2週間は過ぎました。一昨日くらいからやっと左足に体重が乗せられるようになりました。本当に少しずつ
治ってきましたが、その日によって違うので痛くて夜中に何度も目が覚めたこともありました。早くは歩けませんが
やっと少し歩けるようになってきました。まだ杖は手放せないけれど、階段NGなのでエレベーターやエスカレーターを
探して動いています。年取ったら膝に来ると言われるけど、本当にすごいものですね。杖を突いて歩くと、世の中杖を
持っている人が多いことに気づき、バリアフリーへの努力が少しずつ進んでいるように思いました。

ブログも足が痛くなった原因の奈良、山の辺の道や京都歩きや、合間に見た映画、グレン・グールドのドキュメンタリー
「Codaあいのうた」、「アンナ・ハーレント」、ヴィスコンティの大作「山猫」、ケイト・ブランシェットの「キャロル」
スペイン映画「カルメン」等のメモもまだアップしていないのですが、今日の作品展、明日が最終日なので緊急アップです。

 

いつもなら、原宿から表参道までは歩くのですが、できるだけ歩く時間を少なくして膝への
負担を少なくするため、渋谷を回って銀座線で行きました。

娘のお気に入りの薬膳レストラン10ZENでランチ。ここでも裏の方にあるエレベーターを使わせて
もらいました。アサリとごぼうの薬膳スープ麺。あっさりしててすごくおいしかったです。

 

久しぶりにスパイラルの皆川さんのお店に寄ってみました。
ミナ・ペルホネンの中のカフェが異常に混んでいたのでびっくり。

思わず欲しくなるけど、なかなか買えないようなものがいっぱい。


スパイラルを出て娘はネイルに出かけ、私はサロン・ド・フルールで開催中の「気になる衣展」へ向かいました。

 

 

サロン・ド・フルール

 

 

製作者の一人の方はなんと小学校の同窓生で、ハイタッチ!
私の小学校の時の親友のお兄さんの名前を出すと大体の人は知っています。その方はなんと同期でした。
親友ともコロナでなかなか会えなかったのですが、また連絡してみようと思いました。私が子供の頃
彼女のお母さまにピアノを習っていて、クラスも同じだったのでお互いに泊まりに行ったりしたことも
あり、お兄さんのことも良く知っているのですが、同期の期待の星なんですって。TVにも出てるわよ
ということなので紹介記事をリンクしました。お父様が外国航路の船長さんでお兄さんは海洋学の研究者
友人は音楽の先生になりました。そして私を織物の世界に行くきっかけを作ってくださったのもピアノの
先生だったお母さまでした。不思議な縁です。

カード織や、北欧の織物をやっていらっしゃいます。

 

 

すてきな方に出会いました。3年間ラオスで織を習っていらして、ラオス語もマスターしたという
鮮やかな赤のコートのお似合いな方でした。中に着ている久留米絣がまた素敵で、コートのライナーのようにも
なっていますが、それだけでも着れるとのことです。

そういえばヤクランドの久保さんともここで出会ったのでしたね。今はブータンでは観光税を1日200ドル取るとかで
企画していないそうです。金持ちしか相手にしない国になってしまったのですね。残念。

内側のラオスの布で作ったスカートも素敵でした。織をする人は布を切れないのですが、
同じく切らないでゴムを入れて作られたとか・・

 

元らせん工房のスタッフだったKさんと一緒に撮らせていただきました。
Iさんは後姿だったのでごめんなさい。作品も一番気にいっていたものの写真を撮りそこなっていました。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ、また娘と落ち合って、外苑前の方に向かいました。

 

いつの間にかクリスマス・シーズン。病気やけがで今までも速かった1年がさらに速くなりました。

ワタリウムで毎年皆川さんの手帳を買っています。
来年はこの柄にしました。今使っている手帳を見せると安くしてくれます。

 

外苑前の銀杏並木はもうほとんど落ちていますが、最後の黄葉を楽しみました。
二人とも足が棒のようになっていたのでどうしても休憩しなければと少しだけ待って
キハチに入りました。

 

娘が年に3回くらい青山でネイルをしてもらっています。
ささやかなぜいたくです。

 

 

ケーキは久々のトライフルロール。

 

 

 

 

 

 

 

 

色とりどりの世界の一日でした。

らせん工房のスタッフだった方にAさんの無事を伝えて、みんな喜んでいました。
Kさんも今年乳がんの手術で全摘したとのことで、驚きました。お元気にされて織物もできるようになって
良かったです。

 

Dec. 3 2022  Aoyama → Jingu Gaien

 

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八風温泉から佐久まで  ・・・ from Happu onsen to Saku 

2022-12-02 23:59:29 | wonderland

10月11日

万平ホテルから旧軽井沢の街へ出る。

 

いつもの小林ジャムで

 

 

 

後はムーミンもいる軽井沢旧軽ストリート。お店はほとんど様変わり。
ずっとあるちもとまで上がって、戻ってくるのがいつもの道。テニスコートに行く途中も
面白いお店があったけど今はほとんどなくなくなっている。

ロータリーの川上庵で昼食にお蕎麦を食べる。

くるみダレがお気に入り。
みんな大きなエビのてんぷらを食べているけど、一度食べたらもう十分。

 

初万平ホテルではケーキのテイクアウトはできないので、初めてフランスベーカリーのアップルパイを買って、
隣におすそ分け。

親切ないとこのご主人が川上庵まで車で迎えに来てくれました。

夜はいとこが一度行ってみたい温泉があるから一緒に行こうと誘ってくれた八風温泉へ。

昼間だったらとても見晴らしのいい場所にある比較的新しいリゾート。

 

ホテルの中の日帰り入浴温泉です。ルグラン軽井沢ホテル&リゾート。旧軽井沢にもルグランホテルがあり
娘が友達と来て泊まっていたところです。

そのあとは佐久まで行って回転ずしの夕食。軽井沢にはこういうお店がないとか。
そういえばファミレスとかないですね。日常生活に必要なお店もないので、何か買い物が
ある時は佐久まで行くという話でした。回転寿司は埼玉に本店があるお店でしたが、ネタもよく
とてもおいしく、軽井沢では新鮮でした。そういえば軽井沢にお寿司屋さんはあったかな?
アウトレットに1軒、海鮮のお店がありましたね。

いとこもリモートワークの仕事や大変だった夏の介護の後の久々の休日を楽しんだようでした。

 

大きな月が輝いていた夜でした。

 

翌日は帰る日だったので、大掃除。冷蔵庫も空にして切っておきました。
もうこのシーズンは妹も利用しないとのこと。何年ぶりにか開いた別荘でした。
コロナのおかげで妹も3年くらい閉めたままでした。

新幹線に乗る前にアウトレットを見るのが娘の習慣。
スポーツ用品を見て、疲れたのですいていたハワイのパンケーキ屋さんで休憩。

ちょっとカロリー高そうでしたね。

充分楽しんだ軽井沢での休暇でした。

Oct.12  2022   Karuizawa

 

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さよなら万平ホテル ・・・ farewell Mampei Hotel

2022-12-01 21:09:12 | a day in the life

10月11日

万平ホテルの見納めです。昔はただ古いホテルとしか思っていませんでしたが
最近はお茶に行くのは好きなホテルです。プリンスホテルの中のマロンというティールームが
お気に入りでしたが、なんとその場所はコンビニになってしまったそうです。アウトレットが増殖して
落ち着いた場所は便宜性だけを求めてコンビニとは・・

万平は確かに古くて、泊まるのはどうかななんて思うようなホテルでしたが、あの古い落ち着きのある
ホテルが建て替えられてしまうのは、ホテル・オークラと同じく残念なことです。

 

安東美術館の裏の方から旧軽に向かいました。矢ケ崎川に沿って続く道は「ささやきの小径」と
よばれていて、古い別荘が並んでいます。そこをしばらく歩いて右に曲がると万平ホテルに着きます。
この辺も自転車で冒険したりしていたところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく待って入ることができました。いつもだったら1時間以上待ちになる、信じられないくらい
人気のあるティールームです。昔は「鹿島の森」に行っていたけれど、今はお茶とか飲めるのかどうか
よくわかりません。鹿島の森は下に御膳水があり、静かな落ち着いたホテルでした。

やっぱりアップルパイでしょ・・・

そうそうこの木の札・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

Oct. 11 2022  Karuizawa

S 娘の撮った写真を追加・差し替えしました。 

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