碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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書評した本: 浅丘ルリ子 『私は女優』 ほか

2016年09月03日 | 書評した本たち



「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。

浅丘ルリ子 『私は女優』 
日本経済新聞出版社 1,836円

現在、脚本家の倉本聰が“新作”を執筆中だ。それだけでドラマファンはわくわくする。しかもNHK朝ドラのように毎日放送する帯ドラマだ。放送は来春からで、タイトルは『やすらぎの郷(さと)』(テレビ朝日系)。

一世を風靡した芸能人が暮らす老人ホームが舞台だ。かつての大女優や人気俳優が一つ屋根の下で晩年を過ごす。過去と現在のギャップ、病と死の恐怖、残り火のような恋情など、それぞれが葛藤を抱えており、“やすらぎ”どころか、濃厚な人間ドラマが展開されることだろう。

倉本は具体的な役者を想定して、“あて書き”をする作家だ。配役には、その意向が大きく反映される。今回の主人公は、倉本自身を思わせるシナリオライター・菊村。演じるのは石坂浩二(75)である。そして本作のヒロインともいうべき大女優役が浅丘ルリ子(76)なのだ。

よく知られるように、2人は30年間も夫婦だった。結婚のきっかけは倉本が書いた『2丁目3番地』(日本テレビ系、71年)であり、夫婦役が本物になったのだ。結婚から45年、離婚して16年、元夫婦が倉本ドラマで再び共演する。加えて、結婚前に石坂の恋人だった加賀まりこ(72)も出演者の一人。倉本が仕掛ける虚実皮膜のドラマが期待できそうだ。

この自叙伝『私は女優』には、石坂との出会い、倉本に付き添われた石坂の結婚申し込み、楽しかったという結婚生活、さらに離婚の経緯も率直に綴られている。伝わってくるのは、離婚会見の5日後に再婚した石坂に対する慈母のような愛情だ。

一方、熱烈な恋愛といえば、「運命の人」にして「結ばれぬ恋」と著者がいう日活時代の小林旭である。スターがスターだった時代。「一目会ったときから私は恋に落ちていた」とはいえ、その成就は難しかった。しかし、私生活の不幸さえも血肉に変えていくのが役者の業(ごう)。だからこそ浅丘ルリ子はこれまで、そしてこれからも大女優なのである。


木村草太、山本理顕、大澤真幸 
『いま、〈日本〉を考えるということ』

河出書房新社 1,728円

この国が抱える課題と、どうしていくべきかを探っている。社会学者、建築家、憲法学者によるシンポジウムはもちろん、書き下ろしの論考も刺激的だ。家族が国家の基礎単位という構図の破綻。日本人が持つ空虚な自信。そして官僚制的支配。これらを踏まえた未来とは。


渡辺達生 
『渡辺家 素顔のアイドルたち1974-2016』

集英社 2,916円

アイドルグラビアの巨匠、堂々の集大成である。「GORO」から「週刊プレイボーイ」まで、著者の写真に接したことのない男子はいないのではないか。武田久美子の貝殻ビキニも、故・川島なお美のヘアヌードも渡辺製だ。“日本の美女図鑑”と呼ぶべき保存版。


長友啓典 『「翼の王国」のおみやげ』
木楽舎 1,512円

著者は小説の挿絵や広告デザインなどで知られるアートディレクター。全日空の機内誌での連載をまとめたのが本書だ。全国各地で見つけた“お気に入りの味”と、くすりと笑えるエピソードが並ぶ。郡山のゆべし、松山のじゃこ天、沖縄のスーチカー、いずれも絶品。


本橋信宏 『上野アンダーグラウンド』
駒草出版 1,620円

鶯谷、渋谷円山町に続く、“街ノンフィクション”の最新作だ。聖と俗とが隣接する上野。著者が肩入れするのはもっぱら俗のほうだ。出会い喫茶、キャバクラ、アロマエステなど、大人のディズニーランドで出会う女性たちが著者だけに語る自分史に引き込まれる。

(週刊新潮 2016年9月1日号)