【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年10月前期の書評から
足立美術館:監修
『横山大観の全貌~足立美術館コレクション選』
平凡社 2420円
島根県安来市にある足立美術館。実業家・足立全康が収集した美術品と美しい庭園で知られている。中でも横山大観のコレクションは世界的なものだ。岡倉天心の薫陶を受け、新たな手法「朦朧体」に挑み、日本美術院を再興した大観。本書では初期の傑作「無我」から最晩年の「山川悠遠」まで、その画業を概観できる。丁寧な解説文で理解を深め、今月25日まで開催中の大観展に足を運ぶのも一興だ。(2020.09.11発行)
秋吉久美子、樋口尚文『秋吉久美子 調書』
筑摩書房 2200円
単なるインタビューではない。デビューから現在までを徹底的に訊き出した「調書だ。「元祖シラケ派」「生意気女優」といったステレオタイプなレッテルが完全に消去されていく。独特の浮遊性や不安定性を支えていたのは、持前の批評眼と教養だったことが判る。キーワードは「逃走」だ。また名物マネージャーとの闘争秘話も興味深い。「職業ではなく存在」としての全身女優が目の前にいる。(2020.09.25発行)
宇佐美りん『推し、燃ゆ』
河出書房新社 1540円
昨年、著者は『かか』で第56回文藝賞を受賞。今年は同作品で三島由紀夫賞の最年少受賞者となった。本書は注目の第2作だ。書名の「推し」とは応援しているアイドルのこと。主人公の高校生「あかり」の推しがファンを殴る事件を起こす。SNSでの炎上。アイドル活動の低迷。推しを推すことが全てだったあかりの日常も崩壊していく。生きづらさを抱える少女が見た、夢と現実の裂け目とは?(2020.09.30発行)
佐々木敦『絶対絶命文芸時評』
書肆侃侃房 2200円
文芸誌の小説を対象に2015年から5年間続けた文芸時評が圧巻だ。原田宗典『メメント・モリ』を「全てが事実でも、全てが嘘八百でも、この小説の価値は変わらない」と評し、『私の恋人』の上田岳弘を「いつかトマス・ピンチョンばりの巨大な傑作をものにしそうな、期待の新人」と応援する。その率直な言い切りは潔く、1年1作で平成時代を総括する「私的平成文学クロニクル」も刺激的だ。(2020.09.17発行)
小田嶋隆『日本語を、取り戻す。』
亜紀書房 1760円
ニュースが浪費されていく時代。そこに乱舞する政治家の言葉も同様だ。しかし著者は言葉の奥にあるものを指摘し、「ちょっと待てよ」とくさびを打ち続けてきた。本書はその10年の記録だ。経済政策を隠蔽する用語「アベノミクス」の登場が2012年。16年の「駆けつけ警護」。19年は「破棄」「改竄」など怪しい言葉の豊作だった。政治家とは本来「言葉で説明することの専門家」である。(2020.09.20発行)
菊地成孔『菊地成孔の粋な夜電波~シーズン13-16 ラストランと♂ティアラ通信篇』
草思社 2420円
書名と同じタイトルのラジオ番組は、東日本大震災直後の2011年4月に始まり18年末に終了した。ジャズミュージシャンである著者のトークと自身が選んだ曲が流れる贅沢な時間だった。本書では最後の2年間の放送分から選ばれた103本が活字化されている。「混迷の現代社会を生きる、混迷の現代人の皆様。そちらの混迷は解決されそうですかな?」――そんなラジオならではの語りが秀逸だ。(2020.09.25発行)