【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年11月前期の書評から
斎藤美奈子『忖度しません』
筑摩書房 1760円
『月夜にランタン』『ニッポン沈没』に続く、社会時評的書評の第3弾。過去5年間、この国はどんな姿だったのか。忖度なしの同時進行ドキュメントだ。「安倍ヨイショ本」で権力掌握術やメディアコントロール法を分析。また森友学園&加計学園問題を生んだ「国家戦略特区」の愚を指摘する。他に沖縄など地方の課題や文学の現在についても言及していくが、キーワードは倦怠ないし停滞だ。(2020.09.20発行)
中央公論社編『中央公論特別編集 彼女たちの三島由紀夫』
中央公論新社 1980円
没後50年の節目を迎えた三島由紀夫。書店には関連本が並ぶが、本書は「女性の視点」で編まれた一冊だ。「ほんとうに自然な人間であって、日々新しい玩具を欲しがる子供です」と評する森茉莉。「劇場が好きであり、劇場的な生き方がその嗜好であった」と言う円地文子。さらに『鏡子の家』のモデル、湯浅あつ子が語る、近くの者を「すべて自分の文学へのいけにえ」にしたという証言も貴重だ。(2020.10.25発行)
野呂邦暢『野呂邦暢ミステリ集成』
中公文庫 1100円
『草のつるぎ』や『諫早菖蒲日記』の野呂邦暢。本書は意外と知られていないミステリ作品を集めた文庫オリジナルだ。カメラマンの有家は取材先の離島で謎の死を遂げた。友人の久保が有家から託された未現像フィルムを手掛かりに島へ渡る「失踪者」。秘密を抱えた精神科医が一人の患者と出会ったことで心のバランスを崩していく「ある殺人」。ミステリ愛好家ならではのエッセイも嬉しい。(2020.10.25発行)
ベン・ルイス:著、上杉隼人:訳
『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』
集英社インターナショナル
レオナルド・ダ・ヴィンチ作「サルバトール・ムンディ(世界の救世主)」は、「男性版モナリザ」と呼ばれるキリスト画だ。2005年に13万円で売買されたが、12年後のオークションでの落札価格は510億円だった。長年行方不明だったことから真贋には疑問の声もある。ならばその高騰ぶりは何によるものなのか。アートの「価値」の謎に迫るノンフィクションであり、美術ミステリーとしても楽しめる。(2020.10.10発行)
山田五郎『真夜中のカーボーイ』
幻冬舎 1430円
特徴のある風貌で街や美術を語る著者を、テレビで見かけた人も多いはずだ。本書は異能の編集者・評論家による小説第1作である。出版社の広告部門で働く主人公は定年間近。高校時代の恋人と約40年ぶりで会うことになる。しかもいきなり「末期がん」を告白され、かつて完走できなかったバイク旅行の再トライを求められた。高級外車での小旅行は過去と現在が交錯する珍道中となっていく。(2020.10.20発行)
佐伯啓思『近代の虚妄 現代文明論序説』
東洋経済新報社 3080円
現代文明が持つ「柱」として著者は3つを挙げる。グローバル資本主義のもとでの経済成長主義。デモクラシーの政治制度。そしてデジタル情報技術による情報社会化だ。新型コロナウイルスはそのどれをも直撃した。つまり現代文明そのものが問われたのだ。著者は歴史や西洋を検証した上で、科学技術とグローバル経済の危うさを指摘。「日本的なるもの」の可能性までを視野に入れた新文明論だ。(2020.10.22発行)
神崎繁『人生のレシピ~哲学の扉の向こう』
岩波書店 2530円
著者は4年前に60代半ばで逝去した哲学者。西洋哲学史全般から現代思想にまで及ぶ学識は「最後の碩学」と呼ばれている。本書は一般向けに書かれたエッセイ集だ。ソクラテスの体形を話の枕に、ダイエットという言葉が「生き方」を意味していたことを語る。またアリストテレスが散歩中に哲学談義をした逸話から、「考える葦」ならぬ「考える足」を指摘。哲学的思考の愉しみを伝えている。(2020.10.20発行)
北井一夫『過激派の時代』
平凡社 3520円
1964年から68年にかけての学生運動を撮影した「幻のフィルム」が甦った。横須賀原潜寄港阻止闘争、羽田闘争、日大闘争などが並ぶ。目の前の機動隊。振り上げた角材。やがて北井はデモ主体の撮影から方向転換し、約4カ月間、バリケードの中で寝泊まりする。「帝国主義者壊滅」の落書きと洗濯物用の木製ハンガーが生々しい。約50年が過ぎた今、写真による記録は記憶として見る者の中に定着する。(2020.10.21発行)