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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

【旧書回想】  2020年10月後期の書評から 

2022年08月14日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年10月後期の書評から

 

五木寛之『回想のすすめ~豊潤な記憶の海へ

中公新書ラクレ 902円

「回想」とは記憶の海で何かを発見する積極的な行為であり、「記憶の旅」だと著者は言う。自分史と重ねた昭和の記憶はもちろん、出会った人々をめぐる回想も良質な短編小説のようだ。ミック・ジャガーの愛読書。ヘンリー・ミラーとの卓球。川端康成と少女たち。北海道で阿佐田哲也と囲んだ雀卓。それぞれの時間と空気が甦ってくる。過去を振り返ることは人生後半の生き甲斐の一つかもしれない。(2020.09.10発行)

 

高橋直子『テレビリサーチャーという仕事』

青弓社 1760円

番組制作に関わる「調べもの・探しもの」を専門とするのがテレビリサーチャーである。クイズの問題と正解の整合性をチェックし、ドキュメンタリー番組やドラマでも頼りにされる存在だ。本書では自身もベテランのリサーチャーである著者が、知られざるプロフェッショナルの実像を伝えている。ネット検索だけではたどり着けない知識と情報の深層に、彼らはどうアプローチしているのか?(2020.09.29発行)

 

横尾忠則『横尾忠則~創作の秘宝日記

文藝春秋 2970円

2016年5月から今年6月までの日記だ。特色は前夜に見た夢の話が頻繁に出てくること。宇宙飛行士と共に月面に降りたり、南仏でピカソを撮影したりする。また日常の記述の中に突然現れる横尾語録も見逃せない。曰く「芸術は謙虚で地味であってはならない」「ぼくの美術は美術の歴史を批評することだ」。求めるのは完成ではなく未完。本書は「問いを描く者」であり続ける画家の未完の記録だ。(2020.09.30発行)

 

梅田美津子『鯉江良二物語』

主婦の友社 2750円

陶芸家の鯉江良二が亡くなったのは今年8月のことだ。原爆投下の8時15分を指した目覚し時計を窯で焼いた「証言」。原発事故を題材とした「チェルノブイリ・シリーズ」。それらは陶芸というジャンルを超えた衝撃の現代美術だった。本書は長年交流のあった画廊主によって書かれた評伝だ。作品の背景はもちろん、「約束事をはずしてゆくこと」に挑み続けた鯉江の人間的魅力が伝ってくる。(2020.09.23発行)

 

小林照幸『犬と猫~ペットたちの昭和・平成・令和

毎日新聞出版 1650円

国内で飼われている犬は約879万7千匹、猫が977万8千匹だ。昨年末の集計だが、その総数は15歳未満の子供の数を上回る。一方、飼主に見捨てられ、動物愛護管理センターに収容される犬猫の数も半端ではない。重い病気を抱えたもの、介護を要する老いたものは殺処分の対象となる。新型コロナウイルスの影響で、新たな飼主と出会う機会を奪われた犬猫たち。ペット天国の影に迫ったのが本書だ。(2020.09.30発行)

 

沢野ひとし『ジジイの片づけ』

集英社 1760円

著者は『本の雑誌』の表紙や挿絵で知られるイラストレーター。本書が数多ある「断捨離」指南書と異なるのは、人生のベテランという立場で語っていることだ。大切な持ち時間を気分よく過ごすために、モノを片づけることで心も片づけたい。決め手は朝の10分間。自分の机と部屋からだ。「思い出の物に囲まれていたいだけ」の心理を自覚して前に進む。「生き抜くため」の片づけだと著者は言う。(2020.10.10発行)

 


異色の警察劇「初恋の悪魔」後半どう展開 坂元脚本に期待

2022年08月14日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

異色の警察劇「初恋の悪魔」 

後半どう展開 坂元脚本に期待

 

ドラマの脚本には、大きく2種類ある。小説や漫画といった原作を脚色したものと、原作のないオリジナルだ。

この夏、放送開始前から話題を集めたオリジナル作品が「初恋の悪魔」(日本テレビ系)だ。

脚本は「カルテット」(TBS系)や「大豆田とわ子と三人の元夫」(カンテレ制作・フジテレビ系)などを手掛けた坂元裕二。ベテランのヒットメーカーであり、名前で観客を呼べる書き手の一人と言っていい。

この「初恋の悪魔」、実にユニークな警察ドラマである。何しろ主人公たちは警察署に勤務していながら、捜査も尋問も逮捕もできないのだ。それでいて真相にたどり着いてしまうのが、このドラマの特色。

仕事としてではなく、純粋に真実が知りたくて集まるメンバーは4人。

停職処分中の刑事・鈴之介(林遣都)、総務課の悠日(はるひ)(仲野太賀)、会計課の琉夏(るか)(柄本佑)、そして生活安全課の刑事・星砂(せすな)(松岡茉優)。いずれもいっぷう変わった性格の持ち主ばかりだ。

表立っての捜査活動などはできない。そこで、こっそり入手した捜査資料のコピーや、自分たちで集めた情報を持ち寄って鈴之介の家に集合する。通称「自宅捜査会議」だ。

彼らは用意した事件現場の模型の中に入り(もちろんバーチャルで)、各自の「考察」を披露していく。異論、反論の応酬風景は、坂元らしい巧みなセリフのキャッチボールだ。

その結果、事件当日、そこで何があったかの結論に至る。確かにこれまでにない設定で、誰もが納得できる展開とは言えないかもしれない。

扱われるのは、病院で起きた事故か、自殺か、殺人なのかが不明な患者の死であったり、スーパーでの万引き事件の真相だったりする。

しかし毎回の見せ場である、バーチャル空間での解決劇に、違和感を覚える視聴者は少なくないのではないか。

ドラマの中の4人はこの特殊な状況を楽しんでいるようだが、視聴者にはどこか「置いてけぼり感」がつきまとう。本来、見る側も考察や推理を一緒に楽しみたいのだ。

とはいえ、坂元の脚本である。このままで終わってほしくない。何より、超が付くほどクセのあるキャラクターの4人の「履歴」が気になる。オリジナルドラマだから、彼らの過去を知っているのは作者だけだ。

かつての出来事と各人が内部に抱える「闇」の部分が、事件の真相究明とは別の物語を生んでいくはずだ。むしろ坂元が描きたいのは、そちらのほうかもしれない。後半の展開に期待したい。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.08.13)