【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年10月後期の書評から
五木寛之『回想のすすめ~豊潤な記憶の海へ』
中公新書ラクレ 902円
「回想」とは記憶の海で何かを発見する積極的な行為であり、「記憶の旅」だと著者は言う。自分史と重ねた昭和の記憶はもちろん、出会った人々をめぐる回想も良質な短編小説のようだ。ミック・ジャガーの愛読書。ヘンリー・ミラーとの卓球。川端康成と少女たち。北海道で阿佐田哲也と囲んだ雀卓。それぞれの時間と空気が甦ってくる。過去を振り返ることは人生後半の生き甲斐の一つかもしれない。(2020.09.10発行)
高橋直子『テレビリサーチャーという仕事』
青弓社 1760円
番組制作に関わる「調べもの・探しもの」を専門とするのがテレビリサーチャーである。クイズの問題と正解の整合性をチェックし、ドキュメンタリー番組やドラマでも頼りにされる存在だ。本書では自身もベテランのリサーチャーである著者が、知られざるプロフェッショナルの実像を伝えている。ネット検索だけではたどり着けない知識と情報の深層に、彼らはどうアプローチしているのか?(2020.09.29発行)
横尾忠則『横尾忠則~創作の秘宝日記』
文藝春秋 2970円
2016年5月から今年6月までの日記だ。特色は前夜に見た夢の話が頻繁に出てくること。宇宙飛行士と共に月面に降りたり、南仏でピカソを撮影したりする。また日常の記述の中に突然現れる横尾語録も見逃せない。曰く「芸術は謙虚で地味であってはならない」「ぼくの美術は美術の歴史を批評することだ」。求めるのは完成ではなく未完。本書は「問いを描く者」であり続ける画家の未完の記録だ。(2020.09.30発行)
梅田美津子『鯉江良二物語』
主婦の友社 2750円
陶芸家の鯉江良二が亡くなったのは今年8月のことだ。原爆投下の8時15分を指した目覚し時計を窯で焼いた「証言」。原発事故を題材とした「チェルノブイリ・シリーズ」。それらは陶芸というジャンルを超えた衝撃の現代美術だった。本書は長年交流のあった画廊主によって書かれた評伝だ。作品の背景はもちろん、「約束事をはずしてゆくこと」に挑み続けた鯉江の人間的魅力が伝ってくる。(2020.09.23発行)
小林照幸『犬と猫~ペットたちの昭和・平成・令和』
毎日新聞出版 1650円
国内で飼われている犬は約879万7千匹、猫が977万8千匹だ。昨年末の集計だが、その総数は15歳未満の子供の数を上回る。一方、飼主に見捨てられ、動物愛護管理センターに収容される犬猫の数も半端ではない。重い病気を抱えたもの、介護を要する老いたものは殺処分の対象となる。新型コロナウイルスの影響で、新たな飼主と出会う機会を奪われた犬猫たち。ペット天国の影に迫ったのが本書だ。(2020.09.30発行)
沢野ひとし『ジジイの片づけ』
集英社 1760円
著者は『本の雑誌』の表紙や挿絵で知られるイラストレーター。本書が数多ある「断捨離」指南書と異なるのは、人生のベテランという立場で語っていることだ。大切な持ち時間を気分よく過ごすために、モノを片づけることで心も片づけたい。決め手は朝の10分間。自分の机と部屋からだ。「思い出の物に囲まれていたいだけ」の心理を自覚して前に進む。「生き抜くため」の片づけだと著者は言う。(2020.10.10発行)