碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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NHK戦争ドラマの佳作「アイドル」古川琴音の抜擢に拍手

2022年08月17日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

特集ドラマ「アイドル」NHK

古川琴音を抜擢したことに拍手だ

 

これは女優・古川琴音による古川琴音のための古川琴音のドラマだ。11日に放送された主演作、特集ドラマ「アイドル」(NHK)である。

物語は「二・二六事件」の起きた1936年(昭和11年)から始まる。

威容を誇るムーランルージュ新宿座。どんな時代も人々はエンターテインメントを求め、劇場にも足を運んだ。不穏な空気をひと時忘れ、歌とダンスに熱狂したのだ。

地方から出てきた少女・とし子(古川)はムーランの座員に選ばれ、やがて「明日待子(あしたまつこ)」の名でトップアイドルとなっていく。

まず、このヒロインに古川を抜擢したことに拍手だ。実在の明日待子と似た顔をした、アイドルグループのメンバーなどが演じていたら、全く違う作品になっただろう。

古川という天才肌の憑依型女優だからこそ、戦時下のアイドルの喜びも悲しみも深いレベルで表現できたのだ。

アイドルは人を励ます仕事だと信じていた待子。しかし、学徒出陣の若者や、慰問で訪れた戦地の兵士たちへの励ましが、死へと向かう彼らの背中を押すことになると気づいて、待子は苦しむ。

出征が迫るファンたちに、待子がこう呼びかけた。「皆さん、私はずっとここにいます。だから、また会いに来て下さい!」。生きて帰って欲しいという願いの言葉だ。

静かなる戦争ドラマの佳作と言える1本だった。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは‼」2022.08.16)