【新刊書評2023】
週刊新潮に寄稿した
2023年4月前期の書評から
若松英輔『読み終わらない本』
KADOKAWA 1650円
批評家で随筆家の著者が架空の若い人に宛てた、「本」をめぐる手紙であり、語りかけだ。しかし発見の多い文章は読者を選ばない。神谷恵美子『生きがいについて』を梃子にして「悲しみ」の意味を探り、石牟礼道子『苦界浄土 わが水俣病』を通じて「いのち」について考えていく。「読む」ことと「思索」が自然に交じり合うことで何かが起きる、と著者は言う。本書にはそのきっかけが満載だ。(2023.03.01発行)
山辺春彦、鷲巣力『丸山眞男と加藤周一~知識人の自己形成』
筑摩書房 1870円
丸山眞男と加藤周一はいかにして自らを形成していったのか。その出生から敗戦までの軌跡を対照しながら辿っていく。都市文化が開花する時代に幼少期を過ごし、一中、一高、東京帝大のエリートコースを歩んだ二人。五歳の年齢差はあるが、集団に自分を同一化しないという特質で共通している。同時代の同じ出来事が二人にどのような影響を与え、それをどのように受け止めたのかが興味深い。(2023.03.15発行)
矢野誠一『芝居のある風景』
白水社 2640円
2015年から21年にかけて、藝能評論家の著者が「都民劇場」の月報に連載した「當世藝能見聞録」が一冊になった。豊かな見識と鋭い批評眼はあっても堅苦しさはない。たとえば高度成長期、キャバレーに余興のためのタレントを送り込む事務所があった。そんな回想に始まり、話は松尾スズキ演出のミュージカル『キャバレー』へ移っていく。極上の藝能エッセイとして、ゆっくりゆったり読みたい。(2023.03.18発行)
古賀太『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』
集英社新書 1100円
坂本龍一が亡くなり、映画『ラストエンペラー』のテーマ曲が何度も流れた。ベルトルッチのあの名作もイタリア映画だったのだ。サイレント期、ファシズム期を経て戦後の傑作、ロッセリーニの『無防備都市』。さらにフェリーニ『道』やヴィスコンティ『山猫』などに繋がるイタリア映画の歴史が一冊になった。「地方色」という特徴が、やがて「国際性」へと転化してく過程にくぎ付けとなる。(2023.02.22発行)
門井慶喜『文豪、社長になる』
文藝春秋 1980円
今年、文藝春秋は創立100周年となる。本書は創業者である菊池寛とその時代を描いた長編小説だ。菊地は新聞小説『真珠夫人』で超売れっ子作家となった。雑誌『文藝春秋』の創刊。芥川龍之介賞、直木三十五賞の創設。戦時中の政府や軍との関わり。そして戦後の復活。「愛すべき矛盾」である菊地の内面はもちろん、周囲の人たちとの交流も鮮やかに蘇る。人間・菊池寛の魅力が横溢する一冊だ。(2023.03.10発行)
橋本倫史『そして市場は続く~那覇の小さな街をたずねて』
本の雑誌社 2200円
著者は『ドライブイン探訪』などを手掛けてきたライター。立て替え工事に直面した、沖縄県那覇市の「第一牧志公設市場」を4年がかりで取材したのが本書だ。公設市場のある場所は、かつての闇市。県内各地から集まった人たちが店を開いた。特産の田芋と島バナナの専門店。「立ち食い牡蠣」が名物の鮮魚店。舶来物を扱う日用雑貨の店も。そこには沖縄の生きた戦後史があり、沖縄の今がある。(2023.03.19発行)