2023.09.29 20時38分
信州「松本駅」旧駅舎の看板
【新刊書評2023】
週刊新潮に寄稿した
2023年5月前期の書評から
和田京子:編『北斎富嶽二〇〇景』
平凡社 4180円
北斎といえば「富士山」が思い浮かぶ。有名な『冨嶽三十六景』や『富嶽百景』以外にも多くの作品で富士山を描いている。本書は富士山を通して北斎の画業をたどる、ビジュアル版の一代記だ。北斎の特徴は「機知に富む場面と説得力のある精緻な構図」だが、富士図では特に顕著となる。肉筆画1点を除き、メトロポリタン美術館やボストン美術館など海外の所属品で埋め尽くされた豪華版だ。(2023.03.22発行)
宇都宮ミゲル『一球の記憶』
朝日新聞出版 2178円
シンプルだが強い書名だ。登場するのは昭和の球界で活躍した37人の名選手。自身の「忘れられない、あの一球」を明かしていく。梨田昌孝が挙げるのは父の命日に打った3ランホームラン。村田兆治は好敵手だった南海の門田博光との対戦だと言う。そして掛布雅之にとってのそれは、入団4年目にヤクルトとの開幕戦で放った満塁ホームランだ。読者も至高の一球がもたらす至福の瞬間に立ち会える。(2023.03.30発行)
岡崎武志:編『上京小説傑作選』
中公文庫 1100円
それぞれの事情を抱えて地方から東京にやってくる人たちを、著者は「上京者」と呼ぶ。そして彼らを描いたのが「上京小説」だ。文庫オリジナルの本書には、旧制三高から東京帝大に進んだ梶井基次郎の『橡(とち)の花』や、二十歳で東洋大学に入学した坂口安吾の『二十一』などが並ぶ。歌手を目指して上京した浅川マキが、世に出る前の自身を書いた『プロデューサー』が読めるのも貴重だ。(2023.04.25発行)
西崎伸彦『消えた歌姫 中森明菜』
文藝春秋 1760円
昨年、デビュー40周年を迎えた歌手・中森明菜。圧倒的な歌唱力と表現力で今も多くのファンを持つ。しかし、表舞台から姿を消して6年近くが過ぎた。人はなぜ明菜に惹かれるのか。本書は、綿密な取材で答えを探そうとするノンフィクションだ。生い立ち、デビューと躍進、事務所と家族への不信、そして自殺未遂と混迷の90年代。才能がもたらす栄光と悲惨をくぐった歌姫の明日はどっちだ?(2023.04.10発行)
椎根 和『49冊のアンアン』
フリースタイル 2200円
雑誌『アンアン』の誕生は1970年3月。女性誌だけでなく雑誌自体の概念を変える、斬新なビジュアル・ファッション・マガジンだった。創刊から2年間、堀内誠一がアートディレクターとして手掛けたのが49冊だ。起用されたのは立木義浩や篠山紀信など、当時新進気鋭の写真家たち。堀内はアンアンを「視覚の砦」としていった。本書は創刊編集者だった著者による、貴重な同時代ドキュメントだ。(2023.04.15発行)
米田彰男『寅さんとイエス [改定新版]』
筑摩選書 1980円
映画『男はつらいよ』の車寅次郎とイエス・キリスト。この2人が並んで論じられるとは思わなかった。果たして寅さんとイエスは似ているのか。フーテン(風)とは常識をはみ出した者であり、故郷を捨てた者だ。また2人は他者の幸福を願う生き方でも共通している。さらにユーモアの塊だったイエスと、語りや仕草が笑いを生む寅さんが重なる。神学者である著者が新たな視点で解明する人物像だ。(2023.04.15発行)
池田道彦『今日も舞台を創る~プロデューサーという仕事』
岩波書店 2640円
著者は長年、渡辺プロダクションの統括マネージャーを務めた後、独立。これまでに約150作品もの舞台を企画・制作してきた。代表作に1974年が初演となる、木の実ナナと細川俊之の『ショーガール』などがある。本書は舞台人生の詳細な回想記であり、昭和・平成のエンタメ史だ。プロデューサーとは何者で、いかにして作品を創り上げるのか。創造とビジネスの両輪を駆動させる力技に拍手だ。(2023.04.12発行)