【新刊書評2023】
週刊新潮に寄稿した
2023年4月後期の書評から
佐藤直樹
『なぜ自粛警察は日本だけなのか~同調圧力と「世間」』
現代書館 1980円
著者は世間学の専門家だ。この国は新型コロナ禍で「同調圧力の陳列室」になったと言う。昔からあった傾向が強まったのは1998年頃。保守化と共に「世間」が復活・肥大化したと見る。その後、「自己責任論」の台頭を経て、「自粛警察」の出現、「小室さんバッシング」、親ガチャなど「宿命主義」の蔓延と続く。見えない世間の正体を知ることで、息苦しさや閉塞感を緩和しようとする一冊だ。(2023.03.20発行)
鹿島 茂『思考の技術論~自分の頭で「正しく考える」』
平凡社 3740円
「正しく考える方法」を考えてみようという本書。出発点は『方法序説』のデカルト4原則だ。すべてを疑う。分けて考える。単純から複雑へ。そして見落としの可能性の列挙。これだけでも十分参考になる。さらに著者は二元論、三言論、ヘーゲル的弁証法や吉本隆明にも言及。類似性、差異といった「比較」の効能も分かってくる。何より「自分の頭で考える」ことの大切さこそ最大の収穫だ。(2023.03.22発行)
菊地信義『装幀余話』
作品社 2970円
昨年3月に亡くなった装幀者の菊地信義。中上健次『鳳仙花』(ほうせんか)、古井由吉『槿(あさがお)』から山口百恵『蒼い時』や俵万智『サラダ記念日』まで、手掛けた書籍には人格ならぬ“本格”が漂っていた。本書には語り下ろしの談話、講演録、単行本未収録のエッセイや対談が並ぶ。自作を題材に組版・印刷、資材、製本など「菊地装幀」の内幕が明かされる。「紙の本」という豊潤な世界への誘いだ。(2023.03.28発行)
斉藤 環『映画のまなざし転移』
青土社 3080円
『キネマ旬報』での連載を軸とした評論集だ。精神科医の著者にとって、映画は「デヴィット・リンチと片渕須直のあいだ」にあるという。片渕はアニメ映画『この世界の片隅に』の監督だが、「映画のための映画」より「何かのための映画」を好む傾向が本書にも横溢している。宮崎駿や是枝裕和、ポン・ジュノからクリストファー・ノーランまで、百数本の映画が精神分析の視点から語られる。(2023.02.22発行)
永田 希『再読だけが創造的な読書術である』
筑摩書房 1980円
『積読こそが完全な読書術である』の著者による、読書術シリーズ最新刊。日々膨大な新刊が押し寄せる中で、読み返すことの意味と価値を探っていく。再読はセルフケアであり、自分の生きる時間を取り戻すためだと著者。また再読によって自らが接続しているネットワークが組み替えられる。それが環境の再構築と自分自身を捉え直すことへと繋がるのだ。創造性とは「組み合わせ」であると知る。(2023.03.20発行)
チャールズ・M・シュルツ:著、
谷川俊太郎:訳、桝野俊明:監修
『自分を受け入れるスヌーピー
~いろいろある世界を肯定する禅の言葉~』
光文社 1540円
右ページでスヌーピーたちのエピソードを楽しむ。左ページでは、それを材料にした禅僧・桝野俊明の禅エッセイを味わう。たとえば、犬小屋の屋根の上でひたすら寝ているスヌーピー。電話などの雑音にも動じない。該当する禅語は、一つのことに集中して無心で取り組む「一行三昧(いちぎょうざんまい)」となる。懐かしのコピーで言えば、「一粒で二度おいしい」キャラメルのような一冊だ。(2023.03.30発行)