夏ドラマで輝いている、
3人の「働く女性」たち
夏ドラマで輝いている、
3人の「働く女性」たち
信じるなよ、
男でも、
女でも、
思想でも。
ほんとうによくわかるまで。
わかりがおそいってことは恥じゃない。
後悔しないための
たった一つの方法だ。
五味川純平 『戦争と人間』
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年10月後期の書評から
五木寛之『回想のすすめ~豊潤な記憶の海へ』
中公新書ラクレ 902円
「回想」とは記憶の海で何かを発見する積極的な行為であり、「記憶の旅」だと著者は言う。自分史と重ねた昭和の記憶はもちろん、出会った人々をめぐる回想も良質な短編小説のようだ。ミック・ジャガーの愛読書。ヘンリー・ミラーとの卓球。川端康成と少女たち。北海道で阿佐田哲也と囲んだ雀卓。それぞれの時間と空気が甦ってくる。過去を振り返ることは人生後半の生き甲斐の一つかもしれない。(2020.09.10発行)
高橋直子『テレビリサーチャーという仕事』
青弓社 1760円
番組制作に関わる「調べもの・探しもの」を専門とするのがテレビリサーチャーである。クイズの問題と正解の整合性をチェックし、ドキュメンタリー番組やドラマでも頼りにされる存在だ。本書では自身もベテランのリサーチャーである著者が、知られざるプロフェッショナルの実像を伝えている。ネット検索だけではたどり着けない知識と情報の深層に、彼らはどうアプローチしているのか?(2020.09.29発行)
横尾忠則『横尾忠則~創作の秘宝日記』
文藝春秋 2970円
2016年5月から今年6月までの日記だ。特色は前夜に見た夢の話が頻繁に出てくること。宇宙飛行士と共に月面に降りたり、南仏でピカソを撮影したりする。また日常の記述の中に突然現れる横尾語録も見逃せない。曰く「芸術は謙虚で地味であってはならない」「ぼくの美術は美術の歴史を批評することだ」。求めるのは完成ではなく未完。本書は「問いを描く者」であり続ける画家の未完の記録だ。(2020.09.30発行)
梅田美津子『鯉江良二物語』
主婦の友社 2750円
陶芸家の鯉江良二が亡くなったのは今年8月のことだ。原爆投下の8時15分を指した目覚し時計を窯で焼いた「証言」。原発事故を題材とした「チェルノブイリ・シリーズ」。それらは陶芸というジャンルを超えた衝撃の現代美術だった。本書は長年交流のあった画廊主によって書かれた評伝だ。作品の背景はもちろん、「約束事をはずしてゆくこと」に挑み続けた鯉江の人間的魅力が伝ってくる。(2020.09.23発行)
小林照幸『犬と猫~ペットたちの昭和・平成・令和』
毎日新聞出版 1650円
国内で飼われている犬は約879万7千匹、猫が977万8千匹だ。昨年末の集計だが、その総数は15歳未満の子供の数を上回る。一方、飼主に見捨てられ、動物愛護管理センターに収容される犬猫の数も半端ではない。重い病気を抱えたもの、介護を要する老いたものは殺処分の対象となる。新型コロナウイルスの影響で、新たな飼主と出会う機会を奪われた犬猫たち。ペット天国の影に迫ったのが本書だ。(2020.09.30発行)
沢野ひとし『ジジイの片づけ』
集英社 1760円
著者は『本の雑誌』の表紙や挿絵で知られるイラストレーター。本書が数多ある「断捨離」指南書と異なるのは、人生のベテランという立場で語っていることだ。大切な持ち時間を気分よく過ごすために、モノを片づけることで心も片づけたい。決め手は朝の10分間。自分の机と部屋からだ。「思い出の物に囲まれていたいだけ」の心理を自覚して前に進む。「生き抜くため」の片づけだと著者は言う。(2020.10.10発行)
異色の警察劇「初恋の悪魔」
後半どう展開 坂元脚本に期待
ドラマの脚本には、大きく2種類ある。小説や漫画といった原作を脚色したものと、原作のないオリジナルだ。
この夏、放送開始前から話題を集めたオリジナル作品が「初恋の悪魔」(日本テレビ系)だ。
脚本は「カルテット」(TBS系)や「大豆田とわ子と三人の元夫」(カンテレ制作・フジテレビ系)などを手掛けた坂元裕二。ベテランのヒットメーカーであり、名前で観客を呼べる書き手の一人と言っていい。
この「初恋の悪魔」、実にユニークな警察ドラマである。何しろ主人公たちは警察署に勤務していながら、捜査も尋問も逮捕もできないのだ。それでいて真相にたどり着いてしまうのが、このドラマの特色。
仕事としてではなく、純粋に真実が知りたくて集まるメンバーは4人。
停職処分中の刑事・鈴之介(林遣都)、総務課の悠日(はるひ)(仲野太賀)、会計課の琉夏(るか)(柄本佑)、そして生活安全課の刑事・星砂(せすな)(松岡茉優)。いずれもいっぷう変わった性格の持ち主ばかりだ。
表立っての捜査活動などはできない。そこで、こっそり入手した捜査資料のコピーや、自分たちで集めた情報を持ち寄って鈴之介の家に集合する。通称「自宅捜査会議」だ。
彼らは用意した事件現場の模型の中に入り(もちろんバーチャルで)、各自の「考察」を披露していく。異論、反論の応酬風景は、坂元らしい巧みなセリフのキャッチボールだ。
その結果、事件当日、そこで何があったかの結論に至る。確かにこれまでにない設定で、誰もが納得できる展開とは言えないかもしれない。
扱われるのは、病院で起きた事故か、自殺か、殺人なのかが不明な患者の死であったり、スーパーでの万引き事件の真相だったりする。
しかし毎回の見せ場である、バーチャル空間での解決劇に、違和感を覚える視聴者は少なくないのではないか。
ドラマの中の4人はこの特殊な状況を楽しんでいるようだが、視聴者にはどこか「置いてけぼり感」がつきまとう。本来、見る側も考察や推理を一緒に楽しみたいのだ。
とはいえ、坂元の脚本である。このままで終わってほしくない。何より、超が付くほどクセのあるキャラクターの4人の「履歴」が気になる。オリジナルドラマだから、彼らの過去を知っているのは作者だけだ。
かつての出来事と各人が内部に抱える「闇」の部分が、事件の真相究明とは別の物語を生んでいくはずだ。むしろ坂元が描きたいのは、そちらのほうかもしれない。後半の展開に期待したい。
(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.08.13)
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年10月前期の書評から
足立美術館:監修
『横山大観の全貌~足立美術館コレクション選』
平凡社 2420円
島根県安来市にある足立美術館。実業家・足立全康が収集した美術品と美しい庭園で知られている。中でも横山大観のコレクションは世界的なものだ。岡倉天心の薫陶を受け、新たな手法「朦朧体」に挑み、日本美術院を再興した大観。本書では初期の傑作「無我」から最晩年の「山川悠遠」まで、その画業を概観できる。丁寧な解説文で理解を深め、今月25日まで開催中の大観展に足を運ぶのも一興だ。(2020.09.11発行)
秋吉久美子、樋口尚文『秋吉久美子 調書』
筑摩書房 2200円
単なるインタビューではない。デビューから現在までを徹底的に訊き出した「調書だ。「元祖シラケ派」「生意気女優」といったステレオタイプなレッテルが完全に消去されていく。独特の浮遊性や不安定性を支えていたのは、持前の批評眼と教養だったことが判る。キーワードは「逃走」だ。また名物マネージャーとの闘争秘話も興味深い。「職業ではなく存在」としての全身女優が目の前にいる。(2020.09.25発行)
宇佐美りん『推し、燃ゆ』
河出書房新社 1540円
昨年、著者は『かか』で第56回文藝賞を受賞。今年は同作品で三島由紀夫賞の最年少受賞者となった。本書は注目の第2作だ。書名の「推し」とは応援しているアイドルのこと。主人公の高校生「あかり」の推しがファンを殴る事件を起こす。SNSでの炎上。アイドル活動の低迷。推しを推すことが全てだったあかりの日常も崩壊していく。生きづらさを抱える少女が見た、夢と現実の裂け目とは?(2020.09.30発行)
佐々木敦『絶対絶命文芸時評』
書肆侃侃房 2200円
文芸誌の小説を対象に2015年から5年間続けた文芸時評が圧巻だ。原田宗典『メメント・モリ』を「全てが事実でも、全てが嘘八百でも、この小説の価値は変わらない」と評し、『私の恋人』の上田岳弘を「いつかトマス・ピンチョンばりの巨大な傑作をものにしそうな、期待の新人」と応援する。その率直な言い切りは潔く、1年1作で平成時代を総括する「私的平成文学クロニクル」も刺激的だ。(2020.09.17発行)
小田嶋隆『日本語を、取り戻す。』
亜紀書房 1760円
ニュースが浪費されていく時代。そこに乱舞する政治家の言葉も同様だ。しかし著者は言葉の奥にあるものを指摘し、「ちょっと待てよ」とくさびを打ち続けてきた。本書はその10年の記録だ。経済政策を隠蔽する用語「アベノミクス」の登場が2012年。16年の「駆けつけ警護」。19年は「破棄」「改竄」など怪しい言葉の豊作だった。政治家とは本来「言葉で説明することの専門家」である。(2020.09.20発行)
菊地成孔『菊地成孔の粋な夜電波~シーズン13-16 ラストランと♂ティアラ通信篇』
草思社 2420円
書名と同じタイトルのラジオ番組は、東日本大震災直後の2011年4月に始まり18年末に終了した。ジャズミュージシャンである著者のトークと自身が選んだ曲が流れる贅沢な時間だった。本書では最後の2年間の放送分から選ばれた103本が活字化されている。「混迷の現代社会を生きる、混迷の現代人の皆様。そちらの混迷は解決されそうですかな?」――そんなラジオならではの語りが秀逸だ。(2020.09.25発行)
『六本木クラス』平手友梨奈が起爆剤に
視聴率V字回復に寄与した
日本風のローカライズ
俳優の竹内涼真が主演するテレビ朝日系連続ドラマ『六本木クラス』(毎週木曜 後9:00)の第5話が4日に放送され、世帯平均視聴率が9.1%(関東地区、ビデオリサーチ調べ 以下同)を記録。2話、3話で一度落ち込んだ視聴率を、話題性のあった初回とほぼ同じ数字にまで持ち直した。テレビプロデューサーの経歴も持つメディア文化評論家の碓井広義氏に、その理由を聞いた。
■視聴理由が“話題性”から“面白さ”へ
六本木で生きるキャラクターたちに感情移入する視聴者が増加
本作は、Netflixで大ヒットした韓国ドラマ『梨泰院クラス』を日本に置き換え、「日韓共同プロジェクト」としてリメイクした物語で、初回は9.6%と好調のスタートを切ったが、2話は8.6%、3話は7.0%と右肩下がりに。しかし、4話には8.1%となり5話で初回とほぼ同じ視聴率までV字回復を遂げた。
碓井氏は、物語の中盤にさしかかる5話で数字を持ち直したのは「正直言って、極めて珍しい」と話す。現在放送されている連続ドラマの多くが視聴率一桁台であることに触れ「第1話(の視聴率)が最も高く、そこから下がっていくパターンが一般的です。そんな中で、2週連続で1%以上も上がる事はまれですし、今クールの連ドラでは、『六本木クラス』だけの現象です」と特異性を指摘。
その背景として「当初、『梨泰院クラス』日本版という認識で見始めた人たちも、『六本木クラス』独自の物語世界の魅力に気づき、それがSNSなどで広がっていったと思われます」と説明する。
実際に、ドラマ放送時には関連ワードがトレンドに並ぶ現象が続いており、初回見逃し配信の再生回数も274万回を越え、今クールの連続ドラマで全局トップを獲得。2、3話の見逃し配信も200万回を超えた。また、Netflixでも、本家の『梨泰院クラス』を抜いて2位に浮上していた(8月6日時点)。
碓井氏は、その要因について「テレビの視聴方法が明確に変わり始めている」と推察。
「特にドラマは、録画や配信で、自分の時間が取れる時に落ち着いて見たい、という視聴者が増えてきています。つまり、リアルタイム視聴を反映する視聴率だけでは、ドラマの人気は測れないようになってきているのです」と“テレビドラマ”の評価基準が変わってきたとしつつ「『六本木クラス』を見る理由が“話題性”から“面白さ”へとシフトした」と分析する。
人気ドラマのリメイクということで、当初は『梨泰院クラス』との比較で語られることが多かったというが、碓井氏は3話から、日本の“六本木”で生きる、宮部新(竹内涼真)、優香(新木優子)、葵(平手友梨奈)たちに感情移入する視聴者が増えてきたと言及。
「特に、葵役の平手友梨奈さんが起爆剤の役割を果たしていること」をポイントに挙げ、「『梨泰院クラス』を見た人の多くが、『誰もキム・ダミが演じるイソは超えられない』と思っていたかもしれません。しかし、平手さんはイソではなく、別人格である麻宮葵を見事に造形しています。その存在感と演技力が、『六本木クラス』の印象を強め、全体をけん引する力になっているのではないでしょうか」と言う。
■『六本木クラス』は竹内涼真の代表作となるか
原作をベースとしている以上、物語の大筋は同じだが、細部には、しっかりと日本風のアレンジが施されている。たとえば、4話で登場したトランスジェンダーのりく(さとうほなみ)のエピソードは、原作では描かれていない。
碓井氏は「日本と韓国ではトランスジェンダーに対する意識も違うので、その辺りをきちんと補強したのではないかと思います」と考察し、「原作の大きな流れは踏襲しつつも『梨泰院クラス』ファンを幻滅させない形で、日本風のローカライズを行っている」ことで、本作ならではの奥行きがあるとする。
『六本木クラス』は、全13話と一般的な連続ドラマよりも話数が多いことも特徴。今後の展開について碓井氏は、「視聴者が登場人物の喜びや困難に、どこまで感情移入してくれるかが鍵になる」と語る。
続けて「原作を見ている・見ていないに関わらず、『六本木クラス』の新、優香、葵たちと、『時代を共有してみよう』とする視聴者が増えています。また、葵役の平手友梨奈さんと龍河役の早乙女太一さんは、すでにネットでも大きな話題となっていて、その人気はさらなる広がりを見せるはずです。そして、主演の竹内涼真さんは、冷静と情熱の両方を併せ持つ“信念の男”を好演しており、このドラマが彼の代表作の一つになるかもしれません」とした。
最初は話題性だけで見てみた視聴者も、その日本ならではのストーリー、キャストに引き込まれ、見逃し配信やNetflixでドラマに追いついた結果、リアルタイム視聴に切り替えているのだろう。
碓井氏は「見る人の気持ちを、“快感”だけでなく“感動”で揺さぶるのが、いいドラマであるならば、『六本木クラス』が今後、今クールで『最も視聴率を獲得する連ドラ』となる可能性は十分にあるのではないでしょうか」と期待を込めた。
(ORICON NEWS 2022.08.11)
ぜひまた新作を!
8月1日から4夜連続で、スペシャルコメディーと銘打った「事件は、その周りで起きている」(NHK)が放送された。夜10時45分から11時までの15分間という時間設定が微妙で、前宣伝もあまりなく、気づかなかった人も多いはずだ。
主人公は地方の小さな警察署に勤務する、若手刑事の真野(小芝風花)。何でも自力で達成したがる性格だ。バディーを組んでいるのは効率優先の宇田川(笠松将)。上司の谷崎(北村有起哉)は年上の部下にからきし弱い。
さらに元科捜研のエースだという向田(倉科カナ)もいる。これだけの面々がそろいながら、彼らは事件を解決するわけではない。いわば、事件を解決しない刑事たちのドタバタな日常を描くコメディードラマなのだ。
たとえば真野が書いた聞き取りメモの字が乱雑で、本人も読めない。向田はPCを駆使して解析し、ゴーグルを装着して読み解こうとする。バーチャル空間で文字を追いながら床を這いまわる向田を、呆然と眺めている真野と宇田川の表情が、すこぶるおかしい。
何より小芝が見せるコメディエンヌのセンスに驚く。細かいセリフに込めたニュアンス。かすかな目の動きだけで笑わせる表現力。そして絶妙の間。
下北沢あたりの小さな劇場で、自主公演の舞台を見ているような楽しさがあった。制作したのはコント番組「LIFE!」のチーム。ぜひまた新作を!
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2022.08.10)
夏ドラマが描く、
働く女性たちの「現在」
猛暑の中、夏ドラマが出そろった。傾向としては“働く女性”の活躍が目立っている。
まず、「競争の番人」(フジテレビ-UHB)では、元刑事の白熊楓(杏)が異動先の公正取引委員会で、審査官の小勝負勉(坂口健太郎)とコンビを組んでいる。地味な組織だが、企業の「ズル」を許さない役割を果たしているのが公取委だ。
自分のペースで仕事を進める小勝負に、やや振り回され気味の楓。しかし、その正義感と行動力は小勝負との組み合わせに生かされており、新機軸のサスペンスドラマを盛り上げている。複数のホテル間で行われていた、ウエディング費用のカルテルを突き崩した最初のエピソードも見応えがあった。
次は「石子と羽男―そんなコトで訴えます?―」(TBS-HBC)だ。石田硝子(有村架純)は弁護士の業務を助ける、東大卒のパラリーガル。高卒で弁護士資格を持つ羽根岡佳男(中村倫也)をサポートしている。
普通の人が日常生活の中でトラブルに遭遇したとき、頼りになるのが近所の町医者のような弁護士、マチベンである。2人が扱うのも、自動車販売会社での社内いじめや、小学生がゲームに多額のお金を使った騒動などだ。
しかも、出来事の奥にある社会問題に触れているのがこのドラマの特徴だ。それが企業のパワハラ問題だったり、教育格差の問題だったりする。これまでのところ硝子の活動が限定的で存在感が薄いことが残念だ。有村と中村の役柄が逆でもよかったかもしれない。
さらに、女性の“仕事ドラマ”として健闘しているのが、「魔法のリノベ」(カンテレ制作・フジテレビ系―UHB)だ。今年の春クールに放送されていた「正直不動産」(NHK)が、家という大きな買い物にまつわる具体的なエピソードを、ユーモアを交えて描いていた。同じような傾向のドラマかと思っていたが、ひと味違うものになっている。
現在の建物に新たな機能や価値を加えて、より暮らしやすくするのが「リノベーション」だ。新築に比べたら桁が違うとはいえ、住人にとっては小さくない負担となる。だからこそ会社の利益や自分の業績よりも、依頼人の思いを優先して最適の提案をする、主人公の真行寺小梅(波瑠)に好感が持てるのだ。
3本のドラマに共通する要望がある。現実社会で働く女性たちが抱えている困難を、もう少し物語に取り込んでくれないだろうか。単なる個人の問題でも、女性だけの問題でもないことを伝える必要があるからだ。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2022.08.06)
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年9月前期の書評から
杉本貴司『ネット興亡記~敗れざる者たち』
日本経済新聞出版 2200円
日本人のインターネット利用者が10人に1人もいなかった1990年代半ば、新たな産業の創生に挑んだ若者たちがいた。ヤフーの孫正義、サイバーエージェントの藤田晋、楽天の三木谷浩史、ライブドアの堀江貴文などだ。本書では彼らが体験した栄光と挫折の軌跡から、後に続くmixi、LINE、メルカリといったサービスの隆盛の裏側までを一望できる。いわばIT版「大河ドラマ」だ。(2020.08.25発行)
坪内稔典『俳句いまむかし』
毎日新聞出版 1980円
「同じ季語」で詠まれた新旧の俳句が並ぶ。その数、二百組で四百句。俳句読本としてシンプルかつ魅力的なコンセプトだ。たとえば春の章には種田山頭火「春の雪ふる女はまことうつくしい」と連宏子「春の雪語れば愛が崩れそう」。また秋なら東西三鬼「中年や遠くみのれる夜の桃」と三代寿美代「桃すする他のことには目もくれず」。毎日新聞で十年をこえる連載「季語刻々」から選ばれた。(2020.08.30発行)
筑摩書房編集部:編
『コロナ後の世界~いま、この地点から考える』
筑摩書房 1650円
「現在進行形の危機」である新型コロナウイルス。人間と社会の「これから」をどう捉えたらいいのか。12人の論客たちが寄稿している。免疫学の小野昌弘は「免疫の疾患」として冷静に分析する。精神医学の斎藤環は反復の可能性を踏まえて「インターコロナ」の世界と呼ぶ。そして社会学の大澤真幸は国家や経済の新たな姿を探っていく。問われているのは「どのような価値を守るべきか」だ。(2020.09.01発行)
中村桂子『こどもの目をおとなの目に重ねて』
青土社 1980円
生命科学を専門とする著者が、「生命誌」の視点から語りかけるエッセイ集だ。ロボットやAIなど機械論が氾濫する中、「人間は生きものであり、自然の一部」だと静かに訴える。グローバル化した金融資本主義社会が、生活者の願いとは逆の方向に動くこと。宮沢賢治の童話はこどもたちに「この世界ではあらゆることが可能」と伝えるために書かれたこと。こどもの目で人間と社会を捉え直す。(2020.09.10発行)
中野京子『中野京子の西洋奇譚』
中央公論新社 1870円
人はなぜ「怖い話」に惹かれるのか。平穏な日常からの一時離脱。苦境にある人にとっては現実逃避。ドイツ文学者である著者がどちらの望みも叶えてくれる。「ハーメルンの笛吹き男」に隠された底知れぬ残酷さに怯え、「ファウスト伝説」の基となった実在のファウスト博士の過酷な運命に震えあがる。さらに『エクソシスト』『タイタニック』といった「怖い映画」の異色ガイドとしても有効だ。(2020.09.10発行)
村岡俊也『新橋パラダイス~駅前名物ビル残日録』
文藝春秋 1760円
新橋駅前に2つの名物ビルがある。西口のニュー新橋ビル。東口は新橋駅前ビル。ほぼ半世紀前に建てられたビルの中は完全に昭和だ。「日銭って面白い」と笑う図書館司書だった立ち呑み屋のママ。母親が開いた西洋居酒屋を守る自称ぼんぼん息子。また焼きビーフンが名物の台湾料理店は有名人も特別扱いしない。新橋で働く人にはオアシス。訪問客にとっては大人の迷宮。それが新橋パラダイスだ。(2020.09.15発行)
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年9月前期の書評から
山極寿一『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』
家の光協会 1430円
霊長類学者でゴリラ研究の泰斗によるエッセイ集だ。人生を砂場で学んだ人や、泥酔に学んだ人はいるが、ゴリラから教わったのは著者だけだろう。たとえば、ゴリラの父親は「えこひいき」をせずに子どもを叱り、そして守る。またゴリラは「個性は言葉では説明できない」ことを教えてくれる。「相手の行動がすべて」なのだ。京都大学総長でもある著者にとって、キャンパスは熱帯のジャングルか。(2020.08.20発行)
落合正範『力石徹のモデルになった男~天才空手家 山崎照朝』
東京新聞 1650円
ちばてつやの漫画『あしたのジョー』に、力石徹が初めて登場したのは『週刊少年マガジン』1968年6月2日号。生みの親は原作者の高森朝雄(梶原一騎)だ。モデルは大山倍達が主宰する「極真会」の黒帯、山崎照朝だった。大山が強さを認め、梶原が愛した山崎とはどんな男だったのか。群れない。金も名声もいらない。ただ強くなることだけを目指した、孤高の空手家の実像に迫る力作評伝だ。(2020.08.29発行)
安野光雅『私捨悟入』
朝日新聞出版 1760円
94歳の著者は『旅の絵本』などで知られる画家。『算私語録』シリーズをはじめとする軽妙なエッセイも多い。本書には317の短文が並ぶが、ふと思ったこと、感じたことが簡潔に述べられていく。テレビCMが痛快でないのは「自慢に尽きる」から。また昨日まで絵と思わなかったものを「絵ということにした」のがピカソの凄さだ。各文の頭に「子曰く」と置きたい、安野版『論語』である。(2020.08.30発行)
鴻上尚史、佐藤直樹『同調圧力~日本社会はなぜ息苦しいのか』
講談社現代新書 924円
劇作家の鴻上は言う。「同調圧力」とは「みんな同じに」という命令だ。多数派や主流派の集団による「空気に従え」という無言の命令である。その背景には「世間」という日本的システムがある。鴻上は世間学が専門の佐藤と共にコロナ禍で露呈した世間と同調圧力の正体を探っていく。相互監視の日常。正義が氾濫するネット。多様性の否定。「不寛容の時代」を生き抜くための指南書である。(2020.08.20発行)
チャック・へディックス:著、川嶋文丸:訳
『バード~チャーリー・パーカーの人生と音楽』
シンコーミュージック・エンタテイメント 2750円
「バード」の愛称をもつ天才サックス奏者、チャーリー・パーカー。生誕100年を記念する最新評伝だ。1940年代半ば、バードはビバップというジャズ革命を起こした。亡くなったのは55年。まだ34歳だった。全盛期のバードはヘロインを打てば打つほど演奏がすばらしくなり、いつまでもソロを吹きつづけたという。そんな伝説も含め、資料調査と徹底検証によって描かれる新たなバード像だ。(2020.09.01発行)
斎藤美奈子『中古典のすすめ』
紀伊國屋書店 1870円
中古典は著者の造語で「古典未満の中途半端に古いベストセラー」のことだ。登場するのは60年代から90年代初頭にかけて出版され、話題を呼んだ48冊。たとえば住井すゑ『橋のない川』(61年)は「いまだからこそ効くストレートパンチ」だが、イザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』(70年)は「みんなだまされた怪評論」と手厳しい。強気の80年代、地味な90年代と中古典は時代も映し出す。(2020.09.10発行)
photo by H.Usui
【独占インタビュー】
87歳・倉本 聰は、
なぜ60年以上も書き続けられるのか?
(4)
創造の原点は、想像によって別世界へ入ること
今も脚本を書くこと自体が最高の楽しみであり、熱中できることだと言う倉本。その「原点」はどこにあるのだろう。
「想像することでしょうね。想像は自由ですから。あのオードリー・ヘプバーンが遊びにきて、富良野を案内してるとか。今、マリリン・モンローがそこから入ってきたらどうなるんだろうとか。まあ、僕にとってのミューズ(女神)だから登場人物が一時代古いんだけど(笑)。かなり飛びますよ、僕の想像は。これって眠ってる時の夢じゃなくて、目が覚めてる時の想像です。実は想像癖っていうのがガキの時からあって、常に想像を巡らせてる。 戦時中の空襲の時、防空壕で、怖いわけよ。ズドンズドンってそこらに爆弾が落ちてくるわけだから。その時親父だったか、おふくろだったか、僕に空襲の怖い音なんか聞かないで『別のことを考えなさい』って言ったんだよね。あれが元なのかもしれない。息子を楽にしてあげたいと思ったんだろうな、きっと。 学童疎開の時も、先生に言われた気がする。腹が減ったとか、田舎の子たちが意地悪だとかじゃなくて、他のこと考えろって。例えば、海で泳いでる時の楽しさ。『お前は昨日まで15mしか泳げなかったんだけど、今日はほら、20mも泳げた。もうちょっと頑張ると25mだ』って。そんなふうに集中してると、すっと想像が湧いてくる。あっちの世界に入っていく。 この想像によって別の世界に入っていくってことが、僕の創作の原点なんじゃないだろうか。想像と創作は、きっと死ぬまでやめられませんね」
倉本聰の3つの信条
1. 1日3cm、1ヵ月で1m。毎日ゆっくりでも続けること。
「地面に埋まった大きな岩も、時間をかければ少しずつ動かすことができる。創作も同じで毎日机に向かって書くことが大事です。1日休めば、回復に3日かかってしまいます」
2. 怒りはエネルギーだがクールダウンすることが必要。
「怒りは創作のエネルギーになる。ただし書くことは非常に冷静な作業で、怒ったままでは書けません。だから怒りを一度心の中に落としこむ。自分を抑えてクールダウンします」
3. 常に想像を巡らせる。それこそが創作の原点。
「子供の頃から想像癖があり、常に想像を巡らせています。集中していると、すっと想像が湧いてくる。自由な想像によって別の世界に入っていくことが僕の創作の原点です」
<「GOETHE(ゲーテ)」2022年8月号より>