遊びをせんとや

毎日できるだけアンテナを張って
おもしろがりながら楽しみたい。
人は「遊びをせんとや生まれけん」です。

秋の上越 酒田、鶴岡、村上、新発田の旅 番外編

2024-11-18 06:57:20 | 旅行
上越の旅、慌ただしく詰め込み過ぎて、情報量が多すぎて、把握しきれてない。

改めて、思い返すにほとんど知らなかった郷土で戦国時代~江戸時代や明治維新前後の狭間に頑張った人達がいるなんだなと思った。

そのうちの一人、村上の本庄繁長
戦国時代に能力とその戦闘力の高さで色々な武将に請われた武人。
激動の時代に勇敢で賢く先を読み、上杉家臣として秀吉、家康時代を74歳まで生き切ったのは凄い。
調てみると能力の高さのために陥れられたり、息子と敵対して戦った時もあった。


このゴールドグレムリン兜も本庄繁長の物であったそうだ。
こんな兜で戦ったら目立ってしようがなかっただろうに。

酒田市の本間家しかり
商人でありながら、領民のことを考えて行動したこと。

松森胤保も幕末に松山藩の家老になり、戊辰戦争を戦った。
改めて東北の江戸時代~明治時代までの「どっちついたらいいの」の戦いは凄まじいものがあり、混乱しただろう。
明治になってからも、教育職を歴任し、戦後の新政府のシステムを整えた。
時代の要請に応じて自分の能力を惜しみなく発揮して実現していった柔軟なエネルギーが感じられる。
松森と言う姓も戦いに勝ったから「松守」を与えられたのに遠慮して「松森」としたとある。

そして、最後の新発田の溝口内匠。
この時、どんなことがあったのかは「十一人の賊軍」の本を読んでから。
溝口家の家老。水戸で起こった天狗党の反乱を納めるために派兵された。その時に指揮を執ったのは溝口内匠。
戊辰戦争のおり、新政府に味方するか、旧幕府方に着くか、瀬戸際に立たされた新発田藩。
表向きな旧幕府派の奥羽越列藩同盟に加わっていた。
新政府率いる官軍が迫るなか、いかに新発田の街を守るかを描いた作品だそうだ。
新発田の街巡りのホームページはこちら

『十一人の賊軍』特集ページ|しばた町めぐり

新潟県新発田市のまちなかは、城下町ならではの魅力がいっぱい!! 歴史情緒あふれる名所や旧跡、お洒落なカフェや料理店など。城下町しばたのグッとくるスポットをご紹介♪

しばた町めぐり

 

やっぱり映画を観に行こう。


いずれにしても、戦国時代や明治維新前後に日本全国が翻弄されて、激動の時代にいかに領民を守り、街を守った人がいたのは確かだ。そして自己犠牲だけでなく、自分もそこそこまで生き延びた身の振り方の直観力の凄さ、そんな事が知れる合宿旅は意義があったようだ。それにしてもサイクリングも久しぶりにしたし、リスキーな旅だったが。

昨日の晩御飯は焼き鮭。アボガド、トマトのマヨネーズ和え。糠漬けキュウリ。里芋、人参、シイタケ入りの玉吸。ほうれん草の胡麻和え。お赤飯。









最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。