内的自己対話-川の畔のささめごと

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レヴィ・ブリュール『原始的心性』(La mentalité primitive)を読む(1)

2015-06-06 20:20:05 | 読游摘録

 田辺元は、一連の「種の論理」の論文の中で、トテム社会での思考を支配する論理を検討する際に、レヴィ・ブリュール『未開社会の思惟』(これは邦訳のタイトルだが、藤田正勝編『種の論理 田辺元哲学選Ⅰ』(岩波文庫)の注(p. 453)に指摘されているように、原タイトル Les fonctions mentales dans les sociétés inférieures を忠実に訳すなら、『劣等社会における心的機能』となる)を参照している。この本の初版は、1910年にパリのアルカン社(Alcan)から出版されており、田辺は原典で読んでいる。特にその中で展開されている「分有の法則」(loi de participation)に注目している。
 ところが、1922年に同社から出版された La mentalité primitive については言及がまったく見られない。田辺の問題関心がそこまで及ばなかったと言えばそれまでだが、あるいは、その前書きを読んで、前著のテーゼの繰り返しに過ぎないと見なしたのかもしれない。というのも、レヴィ・ブリュール自身が La mentalité primitive の前書きの冒頭でこう述べているからである。

Quand Les Fonctions mentales dans les sociétés inférieures parurent, il y a douze ans, ce livre déjà dû s’appeler La Mentalité primitive.

 しかし、両著の間には、著者自身の言明にもかかわらず、同じ主題についての異なった観点からのアプローチという以上の違いがある。出版年に十二年の開きがあるこの両著の間には、単にその間に個人の思想に変化が起こり得るだけの時間的経過があったということではすまされない問題意識の変化があるのである。
 その変化を引き起こしたのは、レヴィ・ブリュールにヨーロッパ社会の決定的な限界を自覚させた第一次世界大戦の経験である。大戦以前に出版された Les fonctions mentales が「未開人」たちの「前論理」(« prélogique »)とヨーロッパ文明の前提をなす論理との間に越えがたい深淵を見たとすれば、大戦後四年経って出版された La mentalité primitive は、すべての人間を動かしうる「感情の論理」を探求しているのである。
 この決定的な変化は、2010年に出版された同書のポッシュ版の注解者 Frédéric Keck によれば、戦後のヨーロッパ社会が直面した次のような精神的危機をその要因とする。

Les sociétés européennes se trouveraient en 1918 dans une situation comparable aux sociétés « primitives » : confrontées à une catastrophe imprévisible dont elles cherchent à atténuer les effets en les rendant visibles (Présentation par F. Keck pour La mentalité primitive, Paris, Flammarion, « Champs classiques », 2010, p. 29).

 世界大戦という未曾有の大災厄に襲われ、世界の先端を行く「文明人」たちの社会であるヨーロッパ社会は、1918年に未開社会と同様な状況に置かれる。つまり、その予見できなかった大災厄の結果・影響を弱め、それらを見えるものにしようする。
 私が今レヴィ・ブリュール La mentalité primitive を読み直そうとするのは、まずは自分の研究上の必要からであるが、それと同時に、福島以後、私たちはまたしても同じ状況に置かれているとの世界認識からでもある。つまり、「文明人」の仲間入りした私たちすべての心に潜んでいる「原始的心性」のメカニズムの虜にならないためでもある。