内的自己対話-川の畔のささめごと

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「己のためにのみ感じてはならぬ。さにあらず、汝の感情を鳴り響かせよ!」― ヘルダー『言語起源論』より

2022-09-09 00:00:00 | 読游摘録

 シュトラスブルク大学(現ストラスブール大学)法学科学生だった二一歳のゲーテがヨハン・ヴォルフガング・ヘルダーに大聖堂近くのリル川に面した宿ではじめて会ったのは今から二五二年前一七七〇年九月のことだった。この出会いの場面はゲーテの『詩と真実』第二部第一〇巻に叙述されている。
 当時ヘルダーは「言語の起源に関する著作」をベルリン・アカデミーによる懸賞課題に応募すべく執筆中だった。ヘルダーの滞在先に足繁く通ったゲーテはそこで完成間近のヘルダー自筆原稿に触れる。その原稿こそ一七七二年に出版される『言語起源論』の元原稿であった。
 アカデミーが懸賞課題で期待していたのは、「人間が言語を発明したことをどうしたら説明できるか」という問題を解決する論文だった。ヘルダーはまさにこの期待にこたえるべく『言語起源論』の執筆を決意した。ヘルダーの論文は三〇本の応募論文中最優秀とアカデミーから一七七一年に評価され、翌年出版された。
 宮谷尚実氏訳『言語起源論』(講談社学術文庫 二〇一七年)の訳者解説には、ヘルダーの自筆原稿について以下のような興味深い記述がある。

 ゲーテはシュトラスブルクでヘルダーの自筆原稿を「大きな喜びを感じつつ読んだ」と『詩と真実』に綴った。この著作はゲーテを力づけるものであったようだが、その一つの要因がヘルダーの手書き文字にあった。「彼の筆跡は私に魔法のような力を及ぼした」とゲーテは当時を回顧して述べている。自筆原稿のもつ力は印刷された書物の放つオーラとはまた別物であり、まして手書き文字の「魔法のような力」を翻訳によって再現することなど、いくら望んでも無理というものだろう。だが、その無理を承知の上で、そしてその見えない力が訳文のどこかに働きかけてくれることを願いつつ、本訳書ではヘルダーがみずからの手で記した原稿の最終版を底本とすることにした。

 それに、訳者は自身の訳について、二つの既訳と比較して、「ヘルダーの著作がもつ文学的・詩的側面をより重視した」と言っている。そうと知って訳文を読めば、その文学的芳香の味わいもまた格別である。

ここに繊細な感覚をもつ存在がいて、その生き生きとした感覚を一つも自分の内に閉じ込めておくことができず、思いがけないことが起きると、瞬時に、恣意や意図などとは関係なく、音声で表現せずにはいられない。これは生み育てる母である自然の手による最後のひと押しのようなものだった。自然はあらゆるものを世に送り出す際に、「己のためにのみ感じてはならぬ。さにあらず、汝の感情を鳴り響かせよ!」という掟をもたせたのである。この創造の最後のひと押しが、ただ一つの種族のあらゆるものにとって一様だったために、この法則は祝福になった。「汝の感情が汝の種族の誰にでも同じく響くように、そして、あらゆる者からまるでただ一人からであるかのように同じ気持ちで聞かれるように!」 今は、この弱く繊細な存在に触れるなかれ! 一人きりで、ばらばらに、この世のあらゆる敵意に満ちた嵐にさらされているようであっても、孤独ではない。自然全体と結びついているのだ! 弦が繊細に張られた状態で。だが、自然はこれらの弦の中へと音を隠し込んだ。これらの音は、刺激されて勇気づけられると、同じように繊細に作られた他の被造物を目覚めさせ、目に見えない鎖を通じるかのように、遠くにある心に、このまだ見ぬ被造物に代わって感じた閃光を伝えることができる。