今日は修士一年の演習の初日だった。原則として、修士の演習は一コマ二時間六回の計十二時間を一単位とするのだが、私の場合、日本留学準備演習と近代思想史の二つの演習を修士一年の前期に担当するので、両者をひとまとめにして一回二時間の演習を十二回行う。留学準備演習は日本語での発表能力を鍛えることが主な目的である。近代思想史のほうは日本語のテキスト読解が主な内容になる。毎回の演習は、前半はフランス語、後半は日本語で行う。これにさらに日本人学生たちとの月一回の遠隔合同演習への参加と来年二月に行う最終的な日仏合同チームでの発表の準備という作業が加わる。学生たちにとってはかなり負担の大きい演習なのである。
すでにこのブログでも話題にしたが、この演習の今年の課題図書は中井正一の『美学入門』である。一九五一年に刊行された本で、内容的にすでに古びてしまったところがあるのは否めないが、「美しいこと」とはどういうことか、比較的平易な日本語でさまざまな角度から具体的な例を挙げつつ論じているから、それらのどこかに関心をもつことができれば、今でも面白く読むことができる本だ。
特に、身体、スポーツ、技術、映画などに関する考察は大変興味深い。それには、単なる理論家としてだけではなく実践者としてこれらの分野あるいはテーマに中井が関わっていたことも関係していると思う。他方、あまりにも図式的だったり簡略にすぎる理論的考察も後半には多く、それらの部分を読むのはかなり苦痛であった。
中公文庫版で本文一七〇頁足らずの短い著作だが、演習では全部は読まない。ミカエル・リュッケン教授による素晴らしい仏訳が昨年刊行されたから訳す必要もない。中井は引用や言及に際してまったく出典を示しておらず、記憶に頼って引用しているところは不正確でもあるが、それらすべての箇所に行き届いた注が付いているのも大変ありがたい。中井が言及している多数の人名についても略歴が注に示してあり、日本語版よりもはるかに情報量が多い。
だから、原文をはじめから順に読んでいくのではなく、各自自分の関心に応じて中井の提示する論点を自由に取り上げ、それを批判的に検討することを次回から早速始める。今日はその準備として、本書の中でどのような論点が取り上げられているか、そこからどのような方向に議論をさらに展開・発展させることができるか、私の方から概観を示し、さらに、中井が取り上げていない論点も指摘するなどして、学生たちに考える材料を与えておいた。来週は出席者全員(十名)一人一人に日仏両語で短い発表をしてもらう。