●首都圏時代によく通っていたラーメン屋さんがあった。
仮にMと呼んでおこう。
●初めてMに入ったのはランチの閉店間際だった。
いつものようにチャーシュー麵を注文した。私はその店をチャーシュー麵の美味さで決めることにしていたのである。
●異様に肉の入ったチャーシュー麵が出された。味は美味しいが、ほんとにチャーシューが多かった。麺がスープを吸っていき、かさが増えることを知っていたが、チャーシューでもそれが起こるということをはじめて知った。
●どうにか完食すると、オヤジさんから「お。全部食べきれたかあ。ランチ時間に余ったチャーシューを全部いれたんだよなぁ」。
●それ以来、私は「チャーシューのあんちゃん」という二つ名をいただくことになる。実際にチャーシュー麵しか注文しなかったし。
●ある日、休業が続き、心配していたところ、久しぶりにお店の入り口でオヤジさんを見た。
声をかけたところ、ガンで腸の手術をうけていたとのこと。
久しぶりに食べられるかなと期待したところ、今日は無理だという。お店は休みだと言うのだ。お店の中には水道の音がする。よくみると寸胴にも水が入り続けている。
●「よくお店が引っ越したときに味が変わったとかいう評判が出るだろ。あれはこの水をだしっぱなにして水道の機械油くさいのを取り除かないせいだ。寸胴もよく洗わねえとな」と(本当かどうかはおいといて)細かい配慮を持ってお店を営業されているところに感銘した。
●こんなこともあった。
「昔ながらのラーメン」のチャーシュー麵を好んで食べていたのだが、ある日、メニューから「昔ながらのラーメン」は消えていた。「なぜ?」と聞くと「支店のを食べたらまずかった、本店と味が違うものを支店で出しちゃいけねえし、支店と本店のメニューが違っていちゃいけねえ」。
こういう店主の頑固さを私は嫌いではない。むしろ、好感をいだいた。
「昔ながらのラーメン」のチャーシュー麵が食べられなくなったの残念だったが。
●やがて、私は首都圏を捨て、西日本某地方都市に引っ越したのだが、あのラーメン屋ほどのラーメンに出会うことはなかった。
●ある日、首都圏に戻った日のことである。ビリーさんの売り場に顔を出したあと、久しぶりにそのお店にいくことにした。
●親父さんはいなくて、やや若い衆が二人でお店をきりもりしていた。雰囲気は前より明るくなったか。二人は友だち同士のようだった。
久しぶりにMのチャーシュー麵を食す。
が、だ。
●味が落ちていた。どちらかというとまずい。私は決してグルメではないが、好きな味はあるのである。
もはや、好きな味ではなかった。
●それがMに行った最後になった。
●今後、再挑戦をしないのは一回でこりたからでなく、今朝、ネットでたまたま調べたら「閉業」と書かれていたからである。
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