旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

飯高檀林跡

2020-11-09 13:46:35 | 国内
総門をくぐると空気が変わる。

かつて学僧たちが集った境内。太い木々の中に小道がのこされている。

ここは日蓮宗の、いわば大学院だった「飯高壇林(いいだかだんりん)」。

三十近い塔頭がいわば学生寮になっていて、最盛期には千人近い僧が学んでいたことを想像するのは難しい。

近年の台風で多くの木が倒れたが、倒木があればすぐに片づけられる。
四つだけ残された建物がすべて国指定の重要文化財になっているから。

講堂=本堂だった場所。
その左右に授業を知らせていただろう「鐘楼」(左)、「鼓楼」(右)

授業に遅刻すると、即退学させられたそうな。

1650年の火災の後に建てなおされた木材を丁寧に修復し続けてつかわれている。

講堂向かって右手の↑この小堂

時代劇の撮影によくよく使われている。
**

↑「祟り石」とは物騒な名前・・・
このあたりは石が取れなかったので舘山などから切り出して輸送していたのだが、
ある途中の村がこの石を盗んだ。
すると、次々悪いことが起きたので悪事を悔いて行くべきこの場所に納めにやってきたのだそうな。

広大な敷地はもともと城があった場所でところどころ高低差がある。

★学僧たちが渡る橋の下に一匹のキツネが住んでいた。
講義を毎日耳にしているうちに「ぼくもべんきょうしたいなぁ」と思い、学僧に化けて参加しはじめた。

橋門伝八と称して成績もよかったのだが、
壇林長代替わりの酒席で酔ったひょうしに尻尾を出してしまった。
「畜生ながら仏教を学びたい一心は尊し」

講堂のすぐ近くに「古能葉稲荷大明神(このはいなりだいみょうじん)」として、今も祀られている。

小さな社の龍の木彫がすばらしい。

講堂の裏にある牡丹園がきれいなのだとか。
2021《手造の旅》千葉九十九里銚子、牡丹のきれいな頃に企画してみようかしらん。

「飯高はお米がおいしいのよ」

駐車場で勧められて二キロ買っちゃいました(^.^)
コメント
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