空港周辺は、はじめて来る人の期待をうらぎらない草原がひろがっている。
しばらく走ると緑の丘陵に住宅がひしめくようになり、
それでも羊が草を食んでいる。
定住する人々の住宅地は着実に広がっていた。
遊牧民は人口の10%程度でしかなくなった。
ウランバートルの近くになって、
馬が道路をよこぎった↓
「あれは警察の馬ですね」と、ガイドさん。
焼き印でわかるのだそうだ。
日馬富士が開設した学校↑
多くの相撲取りが故郷に錦を飾っているが、やりかたはそれぞれ。
一時間ほどで空港から市内への50㎞ほどを走ることができた。
交通渋滞がひどいと聞いていたけれど今日は幸い。
スフバートル広場で時間調整↑この騎馬像は30年前とまったく同じ。
後ろに見える国会議事堂はまったくちがう姿になった。
※1992年のことを書いたブログに写真を載せています
↑中央の巨大なチンギス・ハーン像は2006年の大改築で置かれた。
社会主義時代はチンギス・ハーンを賛美すること自体がタブーだったのである。
↑今は社会主義の英雄とチンギス・ハーンが並び立っている↑
↑広場の一角の仮設テントのブースで
↑ハチミツを売っていた↑味見する。
「ひとつ25000トゥグルクだよ。ハチミツ一つ買うとブルベリージャムもサービスするよ」
25000トゥグルク…なんだ千円か。
じゃ、ひとついただきます。
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JICAの事務所でモンゴルツアー造成のためのプレゼンテーションを拝聴。
日本からモンゴルへ来た人はコロナ禍前の2019年に約2万4千人↑モンゴルへの旅行客全体は57万7千人。
日本とモンゴルの結びつきを考えるともっと増えていく余地がたしかにある。
同じく国境を接していない韓国はもっと多いようだ。
↑羊肉が多いモンゴルで↑「モン・ビーフ」という名前でブランドビーフが開発されている↑
今月のJAL機内誌でも紹介されていて、今回お話くださったのはその文を書かれていたMさんだった。
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スフバートル広場が見晴らせる新しい建物で夕食レセプション。
↓この建物の三階
午後七時半過ぎ、夕暮れにカーテンがいっぱいに開かれる
スフバートル広場がきれいに見晴らせた。
20時半過ぎ、スフバートル広場を一人で歩く。
国会議事堂の夜景。気温は20℃。風もない。もっと寒くなるかと思ってコートも持ってきているが今晩は必要ない。
チンギス・ハーンの巨像。
いろんな乗り物で子供や家族連れが走りまわって和やかな雰囲気。
物売りも物乞いも居らず、危険は感じない。
南米のように商店や住宅の周りに鉄柵がめぐらされてはおらず、
人通りの少なくなったデパートのウィンドウが商品もそのままライトアップされていた。