ロシアのメドベージェフ首相が日本政府の中止要請を無視し北方領土入りを強行したことで、領土交渉のさらなる停滞は不可避となった。
8月末で調整していた岸田外相の訪露は先送りする方針だが、安倍首相がなおもこだわるプーチン大統領の年内来日はもはや「幻想」になりつつある。
日露関係筋は8月22日、北方四島への「実効支配」の誇示に血道を上げるプーチン氏の胸中をこう表現した。
「日本を訪問しても領土問題抜きだ。 それでもいいなら行ってやるというプーチン氏の日本に対するかたくな意思表示だろう」
安倍首相とプーチン氏は6月24日の電話会談で首脳間対話の継続で一致し、プーチン氏の年内来日へ調整を進める方針を確認した。
プーチン氏もたびたび領土交渉のテーブルにつく「意欲」を示してきた。
しかし、それはポーズにすぎないことが鮮明となった。
ロシアは7月以降、2閣僚を相次いで北方領土に上陸させたほか、四島を含む千島列島での大型開発計画を打ち出すなど、首脳間合意を一切省みない言動で日本側に煮え湯を飲ませてきた。
政権ナンバー2のメドベージェフ氏の択捉島入りはその「ダメ押し」となった。
外務省幹部は「ソ連時代から続くロシア特有の行動様式だ」と語るが、プーチン氏が自身の訪日に前のめりとなる日本側の足元を見ていることは間違いない。
日本側には「領土問題を決着できる強い指導者だ」「安倍首相とは強い信頼関係がある」などと、根拠があいまいな紋切り型の「プーチン評」が定着してきた。
日露関係筋は「それこそプーチン氏の対日戦略を見誤る要因になっていた」と強調する。
戦後70年の節目にあたり北方領土問題解決を重要課題に掲げる安倍政権は、ウクライナ危機で米欧と足並みをそろえて対露制裁を発動する一方、領土交渉打開に向けロシアとのハイレベルの対話による二国間関係進展への道筋を探ってきた。
「プーチン氏の年内来日にこだわってきた」(政府関係者)とされる首相が対露交渉の突破口に描いていたのが、昨年春から宙に浮いている岸田氏の訪露の実現だった。
しかし、この期に及んで岸田氏を訪露させればロシアに甘い姿勢をとったとして世論の反発を招く。
内閣支持率が低下しかねないという計算も働いたようだ。
民主党政権時代の平成24年7月3日にメドべージェフ氏が首相として国後島入りした後、当時の玄葉郎外相は同月下旬に予定通りに訪露して、ロシア側に抗議した経緯がある。
だが昨年3月にロシアがウクライナ南部クリミア半島を併合したことに端を発した「ウクライナ要因」が加わり、3年前とは事情が決定的に異なる。
外務省幹部は、「対露外交は泥沼化の様相を呈するウクライナ東部紛争の行方と、日本の国内世論のいずれも無視できない」と指摘する。
「日露が真摯にハイレベルの対話を行う環境ではなくなった」なか、ロシア側が翻意することは期待しにくい。
安倍政権は対露戦略の練り直しに迫られている。