帝国をやめた米国と帝国化に進む中国
激動の1年という言葉があるが、昨年はまさにそんな年だった。
第2次大戦後生まれの政治家が各国のトップに就いてくると、戦争に対する実感がなく、
戦争を映像で見ながら操作するゲームと同じような感覚なのか、まるで花火でも打ち上げるように
ミサイルを次々と発射する北の若者がいる。
それでも「彼は友達」と言い、自分も負けじとドローンを飛ばし「敵」司令官を暗殺する
米大統領がいるかと思えば、ポーカーフェイスで、おとなしそうな顔をしながら、
北の若者と同じようにちょっとでも見解が違う人間はスパイ容疑で逮捕・長期拘留をする中国の指導者がいる。
そうなると身体を鍛えることが大好きなKGB出身の彼も柔道着など着ている時ではないとばかりに
軍服に着替え、いつでもミサイルを飛ばせる準備にかかっている。
なんともはや危険な時代になったものだと思うのはこちらだけで、「指導者」たる政治家や、
「賢明な」大人達は「今そこにある危機」から目を逸らし、「カネのことと経済発展がいつまで続くか
というおとぎ話」のことにしか関心がないようだ。
この星が消滅の危機に直面しているというのに、ミヒャエル・エンデの「モモ」も、
ジョージ・オーウェルの「1984年」も読んだことがない彼らは、
相変わらず時間と資源を食い尽くしながら、地球の果てまで経済発展を求めて進もうとしている。
大国の中で一人遅れてやって来た中国の指導者は今までの遅れを取り戻すべく
全速力に全速力で走れと自国民を焚き付け、不動産バブル崩壊もインフレ危機も何のその、
国土は広いと、沿岸部から内陸部へ、内陸部から山間部へと開発に駆り立てている。
中国には「愚公(ぐこう)山を移す」という諺があるが、習近平にはそんな呑気で長期的な思考はないらしい。
「時は金なり」とばかりに時間で駆り立て、笛を吹き、踊らされた人々は新幹線を世界最速で
走らせたかと思えば、自動車、スマートフォンで世界を席巻し、
「一帯一路」の呪文でアジアばかりかアフリカにまで進出する始末。
かつての帝国アメリカはトランプ大統領になって帝国の拡大をやめ、「自国第一」に徹している。
代わりに帝国化を進めているのが中国で、いまやかの国の拡大欲は留まるところをしらないようだ。
いまでもこれだから2030年にはどうなっていることかと思うが、恐らく1980年代のアメリカと同じ状態、
自国製造業が衰退し、輸入超過で貿易赤字に陥り国力低下という状態になっていることだろう。
そうなると国内情勢が不安定になり、国内の「反革命」分子の鎮圧に躍起にならざるを得ない。
それが見えているから今の内から「テレスクリーン」を全土に張り巡らせ、
少しでも不穏な動きをする人間は自国民、他国民を問わず「中華人民共和国反間諜法
(日本などでは反スパイ法と呼称されている)」を適用して逮捕、長期拘束を行っている。
香港人が中国大陸に行ったまま行方不明になったり、香港から突然姿を消し、
数か月後に中国大陸にいることが分かった例は後を絶たないし、数年前から日本国内の大学人が
中国で開催される学術研究会に出席したところ突然、反スパイ法違反容疑で逮捕されたという例も結構ある。
政権による恣意的な解釈で逮捕
気になるのは「反スパイ法」の内容だが、同法では「スパイ行為」を次のように定義付けている.
1.国家の安全を害する活動
2.スパイ組織への参加またはスパイ組織・その代理人の任務の引き受け
3.国家機密の窃取、探索、買収または不法な提供
4.国家業務に従事する人員の反旗の扇動、勧誘、買収
5.攻撃目標の指示
6.その他スパイ活動を行なうもの
これらを行ったと見做されれば、即逮捕、拘留されるわけだが、
スパイ行為と定義されている上記の内容自体が実に曖昧である。
例えば「国家の安全を害する活動」とは具体的にどのような活動を指しているのか、
何が「国家機密」に当たるのか等々が判然としない。
それでいきなり逮捕されたのではたまったものではないが、日本人を含め多くの外国人(欧米人も多い)が逮捕、
拘束されているのはほとんどが身に覚えのない「スパイ活動」によってである。
もう少し具体的に見て行こう。
私事になるが、日中国交回復5年後の1978年に私が訪中した時のことである。
まだ個人旅行、自由旅行は認められていない時代で、旅行といっても行きたい所に自由に行ったり見たりすることはできない。
各地の訪問先ではまず中日友好協会に行き挨拶し、お膳立てされた小学校や幼稚園を訪問し、
そこで生徒や園児のかわいい遊戯の歓迎を受けなければならない。
今、北朝鮮に旅行すれば、ほぼ同じような内容になるはずである。
「中国旅行」というより「訪中」という言葉の響きの方がピッタリな感じがする。
旅行中は現地の通訳が同行するが、もちろん中国共産党員である。
私は旅行中、あることからその通訳に「反中国分子」と睨まれ、マッチを貸して欲しい
(当時、私は喫煙していたので)と頼んだら、マッチをテーブルの上に放り投げてよこされた。
礼儀を重んじる中国社会で、こんな失礼な態度をされることはまずない。
彼は私を「危険分子」と見たのだろう。
それまでは中国事情に詳しい私に親近感を抱き、言葉遣いも丁寧だったのが、この時から態度が一変したのである。
きっかけは私のある質問が中国共産党の公式見解に疑義を挟むものだったからだ。
それは林彪事件に関するもので「林彪の”人民戦争の勝利万歳”(という著作)は
毛沢東思想に反するものではないと私は思うし、中国でも林彪の行動は別にして、
あの論文自体に対する批判はされてないが、あなたはどう思うか」と雑談の中で彼に尋ねてからだった。
当時、林彪は反革命分子とされ、「批林批孔(林彪を批判し、孔子を批判する)」運動が行われたあとで、
「林彪は毛首席暗殺を試みた反革命分子」というのが党の公式見解だった。
私の質問はその公式見解に反するものと受け取られたわけだ。
もう1つの「事件」は武漢で起きた。
私とカメラマン(当時30代)は昼食後の休憩時間を利用してホテルを抜け出し街に繰り出していた。
ところが武漢で突然、警官に警棒を振り回されて文句を言われ、群衆に取り囲まれてしまったのだ。
警官が怒鳴っている言葉は全く分からなかったが、私達の行動のなにかが問題に
されたようだということだけは分かった。
当時、鄧小平が2度目の失脚から復活した後で、鄧小平の復活を支持するというような
横断幕が通りに張られていた。それを私が写真に撮った行為がどうも問題にされたようだ。
たしかに出発前、写真撮影に対する注意があった。
まず空港は上空からも飛行場も空港内部も撮影禁止と言われた。
民間専用ではなく軍も利用しているから飛行場は「軍事機密」である。
写真を撮っていると軍事機密を盗もうとしていると見られ逮捕される危険性があるから
絶対にカメラを持ち出すな、と。もちろん軍事施設はすべて撮影禁止である。
私がカメラを向けたのは軍事施設でも、それらしい場所でもなかったし、解放軍も居なかった。
ごく普通の街の風景で、壁新聞を写したわけでもないし、鄧小平の復活は
すでに世界中に知らされているニュースで、それを歓迎する横断幕を写すことが
「スパイ行為」になるとは思えない。
だが、私達は警官に激しい剣幕で迫られたのである。
幸い逮捕されることにまでは至らなかったが、これが今だったら間違いなく「スパイ行為」と
断じられ逮捕、拘束されたことだろう。
「反スパイ法」が怖いのはスパイ活動と断じ、その法律を適用するのは中国当局、
さらにいうなら中国共産党幹部であるという点である。
いくらでも恣意的に解釈、適用される恐れが強いのだ。
実はこれ、中国や北朝鮮に限ったことではなく、世界のあらゆる国で反対意見を封じ込めるやり方が横行している。
それが巧妙かどうかだけで、巧妙であればあるほど人々はそれに気付かない。
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全文はHPに収録しているので、そちらでどうぞ
栗野的視点(No.672):2025年、2030年の社会は?~世界は独裁化していく