リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

人間は感情の動物というけれど

2015年01月13日 | 日々の風の吹くまま
夢を見ていたようだけど、目が覚めてすぐに忘れたのは悪い夢じゃなかったということ。眠り
に戻るのが怖いような悪夢はこりごりだから、ワタシにとっては思い出せない夢は良い夢。
かってワタシを苦しめた悪夢が遠のいたのは自分が殺された夢を見てからだったな。あの
感覚は今もはっきり覚えているけど、不思議に恐怖感がなかったから、悪夢ではなかった
んだろう。だって、突然背後から襲われて抵抗する間もなく殺されたから、「犯人」も「動機」
もわからないまま迷宮入り・・・。

きのうから「憎悪の感情」がわからないワタシはほんとに鈍感なのかと考えていた。日本で
生まれ育った27年は、「箱」の外に出されて、窮屈だとわかっていながら入れてもらおうとし
て追い払われるという感じだった。(小学校の頃に夕食の時間に遅れて帰ったら玄関に鍵
がかかっていて、暗くなる中で途方に暮れて泣いたあの気持に似ているかも。)ワタシを入
れてくれた「箱」が心地が良くて幸いだったけど、振り返れば憎い、許せないと思ってもおか
しくないこともあったわけで、憎悪が人間の自然な感情なら、普通に人間のワタシにも殺し
たいくらいの憎悪があって当然だと思う。

でも、「好きになれない」とは思っても、相手を許さないとか倍にして返す!という激しい憎悪
を抱いたという記憶がない。もしもそういう感情があって心の奥深く封印しているんだったら
ちょっと怖いけど、それが「心の闇」と言われるものかもしれない。なかったとしたら、やっぱ
り鈍感だということになるのかな。あんがい、遠い過去の憎しみは消えてしまったのかもし
れない。いつか小町横町の人生経験豊かなご隠居さんに「これって普通ですか」と聞いて
みようかな。

ワタシの友だちは実生活でもネットでも思想的には大半がワタシの左側にいる。ずっと左の
人だっているけど、ワタシの人格を脅かさない限りは来る者は拒まずで、みんな「友だち」。
趣味や嗜好はもちろん政治思想や諸々の価値観が違っても「付き合えない」と感じたことは
ない。もしかしたら知らないうちに誰かに「アンフレンド」されているかもしれないけど、それ
はそれでその人がそう決めたことで、ワタシ個人の価値が下がるわけじゃないから、去る者
は追わず。それにしても、人類はするだけ進化したから後は理性も何も機械に任せて退化
するのみなのかな。そう思うと今この年になっていて良かったという気がして来るけど・・・。