きのう、シャルマンに行く前にアラン・ガーナーの四冊の本を読みかえしました。「ブリジンガメンの魔法の宝石」「ゴムラスの月」「エリダー」「ふくろう模様の皿」を執筆順とは逆に「ふくろう模様の皿」から読んでみたのです。
アラン・ガーナーはマビノーギオンやウェールズの豊かな民間伝承から想を得て神話的世界と現代をかさねあわせました。民間伝承の研究家でもある彼は、「オリジナルのエピソードをつくろうとしたが、調べていくうちにオリジナルでつくったものとおなじものがたりが必ず伝承のなかにあるのを発見した」と最初のころ語っています。
「ブリジンガメンの魔法の石」とは英国が危機に陥ったときに最後の砦となり救いとなる140人の心清らかな眠れる騎士を守るまじないを封印した宝石です。この宝石が闇の手に渡れば世界は来るべき破滅を逃れられないのです。白き魔法使いキャデリンをはじめ、湖の姫黄金のアンガラッド、善きこびとデュラスロー、フェノディリーなどの善の勢力に対して闇の王ナストロンド、堕落した賢人グリムニア 魔女モリガン スヴァートなどの悪の勢力が、少女スーザンの持つ「なみだ」という石をめぐって戦います。実は芯に青い炎を持つ「なみだ」はふとしたことで失われた、眠れる騎士たちを守る強大な力を持つ宝石だったのです。
光と闇の戦いを描いた典型的なハイ・ファンタジーといえますね。また手に汗握る出色の冒険譚でもあります。これらの作は1960年代に書かれました。余談ですが、ハリーポッターの作者は登場人物においてこの作品からインスピレーションを受けたのではないかと私的には感じました。
ところが、アラン・ガーナーは神話的世界からすこしずつ現代に比重を移してゆきます。「ふくろう模様の皿」ではマビノーギオンの「魔法使いがフリュウという若殿のために花々から作った花嫁が、夫を 裏切り そのあがないに恋人はゴロヌーの岩でやりに刺し貫かれ、花嫁はフクロウにされたという伝説が発端になっています。
谷間に避暑のため少女アリスンがやってきます。アリスンの部屋の屋根裏から妙な音がするようになりました。屋根裏を覗いてみると 金と緑で縁取られた花模様の皿が埃にまみれ積んでありました。アリスンはお皿の花の模様を組み合わせるとふくろうになることに気づき、皿から模様を写し取りふくろうをつくります。すると皿は白くなり、写し取られ折られた紙のふくろうは飛び去るように消えてしまいます。アリスンは憑かれたように皿から模様を写しとり続けます。
やがて土地にこもるエナジーはいや増し、ふたりの少年グウィンとロジャー、そして少女アリスンの三角関係、階級的な葛藤、男女の心理的な違いを緻密に描写しながら、緊張は高まってゆきます。その背後には幾世代にもわたリ繰り返された悲劇がありました。悲劇を繰り返さないために死を回避するため呪縛を解くためになにが必要だったのでしょう...
彼女はもとから花、だった 花でいたかった...ふくろうではなくて....
この一節に泣きたくなりました。女というものはそういうものではないでしょうか。なりたくて闘うふくろうになりたいわけではない 花のようにいたいのです。
ユングは神話の中に人間性の根源的原型をみました。アランガーナーはこの作品をマビノーギオンからの単なる再話に終わらせませんでした。神話の中の人間の不条理をどうやって克服するかというあらたな再話を試みたのです。現代の人間に通じる救いを求めたのではないでしょうか。日本の神話、古事記の三段にもそのような人間性の根源の悲劇のものがたりが多くみられます。またケルトにおいても同じですね。そのようなものがたりをどのように再話するか、あらたなものがたりに甦らせるか、ふくろう模様の皿の果敢な再話を読むと考えさせられますね。
アラン・ガーナーのファンタジーでは理性の魔法より心の魔法..心のというか無意識界に属する太古の魔法が上位に書かれています。また作家的手法にはいくつかの特徴があります。演劇に興味を抱いていたことから台詞が多く、風景の描写があざやかで美しいことなどです。ものがたりが唐突に終わり読者はファンタジーの壮大な海から突然現実の岸辺に打ち上げられて、それがほんのすこしさびしい気持ちがしますが、子ども心を失わないおとなに、おとなへの過程をたどる若い人にふさわしいファンタジーです。
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