石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

世界のユダヤ人とムスリム(イスラム教徒)の人口を比較すれば(上)

2023-11-03 | その他

(注)本レポートは「マライブラリー」で一括してご覧いただけます。

http://mylibrary.maeda1.jp/0589JewishMuslimPopulation.pdf

 

1.はじめに

 イスラエルと同国ガザ地区のパレスチナ人組織ハマスが激突し、多くのパレスチナ民間人が深刻な被害を受けている。両者の対立は75年前の第一次中東戦争(イスラエル独立戦争)に始まり、第三次中東戦争(6日間戦争)でガザ地区がイスラエルに併合されて急速に先鋭化した。その一方、イスラエルは一昨年UAEなど数カ国と国交を回復し(いわゆるアブラハム合意)、イスラエルとアラブ或いはイスラム諸国との対話機運が高まった。その中でパレスチナ問題が置き去りにされることに危機感を抱いたハマスが捨て身の反撃に出た、と言うのが今回の戦争の原因と考えられる。

 

 言うまでもなくイスラエルはユダヤ人の国家であり、そこに住むパレスチナ人はアラブ人であり、彼等のほとんどはムスリム(イスラム教徒)である。そしてイスラエルは世界に散在するユダヤ人及びその支持者から支援を受け、一方のパレスチナ人も世界中のアラブ人或いはムスリムから有形無形の支援を受け、まさに世界を二分する紛争に拡大する様相を見せている。

 

本稿は世界各国のユダヤ人とムスリムの人口を比較することにより、問題の一端を探ることを目的としたものである。なお人口統計はそれぞれ以下のデータを取り上げている。

 

世界:https://www.worldometers.info/world-population/population-by-country/

ユダヤ人:https://en.wikipedia.org/wiki/Jewish_population_by_country

ムスリム:https://worldpopulationreview.com/country-rankings/muslim-population-by-country 

2.世界のユダヤ人口(表1-I-2-T07 World Jewish Population参照)

 世界のユダヤ人の数は1,620万人である。なおユダヤ人の定義は複数ありウィキペディアでは(1)Core, (2)Connected, (3)Enlarged 及び(4)Eligibleの4つのカテゴリーに分けている。Coreは自らをユダヤ人と名乗る人々を対象としたもっとも厳格な定義であり、Eligibleは「イスラエル帰還法」で定義されたユダヤ人、すなわち「ユダヤ人の母から産まれた者、もしくはユダヤ教に改宗し他の宗教を一切信じない者」とされる最も広義のユダヤ人である。

 

 それぞれの定義による全世界のユダヤ人口は、Core 1,620万人、Connected 1,803万人、Enlarged 2,100万人、Eligible 2,380万人であるが、本稿ではCoreの人口値を引用する。最狭義のCoreと最広義のEligibleの間では700万人、1.5倍の差があるものの、世界の総人口80億人に比較するとユダヤ人口はわずか0.2%に過ぎず極端に少ない。

 

 しかし国別のユダヤ人口を見るとその特異性が浮かび上がる。即ち、国別ではイスラエルが634万人で全体の39%を占めている。これはユダヤ人のホームランドを建設すると言うイスラエル建国の歴史が示す通り世界各地からのユダヤ人が移住した結果である。なおイスラエルが占領しているヨルダン川西岸にも43万人のユダヤ人がおり、合計するとイスラエルが支配する地域のユダヤ人は677万人となる。

 

 イスラエルの次にユダヤ人口が多いのが米国の570万人である。ナチスの迫害を逃れてヨーロッパから多くのユダヤ人が移住した結果である。イスラエルと米国を合わせると実に全世界のユダヤ人の4分の3を占めている。

 

 その他の国のユダヤ人口は、フランス(45万人)、カナダ(39万人)、アルゼンチン(18万人)、ロシア(16万人)、ドイツ、オーストラリア(各12万人)である。これら以外の国のユダヤ人口は10万人以下であり、インド、中国、日本などアジア地域のユダヤ人は数千人規模にとどまっている。

 

(続く)

 

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     前田 高行    〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601

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                     E-Mail; maeda1@jcom.home.ne.jp

 

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見果てぬ平和 ― 中東の戦後75年(73)

2023-11-03 | 中東諸国の動向

(英語版)

(アラビア語版)

 

(目次)

 

第3章 アラーの恵みー石油ブームの到来(10)

 

073 歴史の表舞台に躍り出たサウジアラビア(2/4)

 事態が動いたのは1871年のスエズ運河の開通に始まるイギリス(大英帝国)とオスマントルコの衝突である。大英帝国はスエズ運河によりインド亜大陸から東南アジアにかけて点在する植民地へのアクセスが格段に向上したが、それとともに地域の覇者オスマントルコとの対立が表面化した。第一次世界大戦で両国が戦火を交えることになると英国は半島内陸部のベドウィンを味方に引き入れた。そして1940年のダンマン油田発見によりサウジアラビアは歴史の表舞台に躍り出たのである。その後世界最大の陸上油田ガワール、同じく世界最大の海上油田サファニア等が相次いで発見され、同国は世界のエネルギー大国に発展して行く。

 

 サウジアラビアの石油を発見したのはシェブロンを筆頭とする米国系石油会社4社であったが、当時は第二次世界大戦の真っ只中であり開発と生産は大戦後に本格化する。ヤルタ会談の直後当時のルーズベルト大統領がわざわざアブドルアジズ国王を訪ねたことは、石油が戦後世界の覇権争いの重要なファクターであったことを示している。

 

(続く)

 

荒葉 一也

E-mail: Arehakazuya1@gmail.com

 

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