ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

初めてのフォーレ

2017年06月09日 | 音楽とわたし


一昨日の夜から慌てふためいて練習している。
ヴァイオリニストのエリオットから、この曲を一緒に弾かないか?というお誘いがあったからだ。
で、いつ一緒に弾くのか…それは、来週の土曜日に行われるオーディションなのだった…。

今年の定例演奏会は来年の1月20日。
毎年カーネギーのホールを借りて行なっているのだが、去年のザンケルホール(中ホール)での集客が芳しくなかったことから、協会が財政難に陥ったため、今年はウェイルホール(小ホール)での開催となった。
どちらのホールにしても、今までコツコツと積み上げてきた評価を落とすわけにはいかない。
そんなことが一回でもあると、次の年には借りることができなくなってしまうからだ。
なので、年々、オーディションは厳しくなっている。

わたしも実は、ジェーンと一緒に、プーランクの連弾ソナタでオーディションに挑戦しよう、と思っていたのだけど、
ジェーンのお父さんが急に亡くなったため、予定を変更して、来年まで延期しようと決めたところだった。

エリオットにも、パートナーのピアニストがいて、彼女とのリハーサルをする予定になっていた。
ところがなぜか、そのうちの2回も、彼女はスタジオに現れなかった。
そればかりか、どうして来なかったかの説明も無いままらしい…。
それで、エリオットは、彼女のことが信用できなくなって、ピアニストを変えようと思ったのだと言う。

事情はすごくよくわかる。
もし自分がエリオットだったら、やっぱりわたしも同じことをしただろうと思う。
でも、でも、曲が曲だけに、10日間で仕上げてオーディション、というのはかなりキツイ…。

******* ******* ******* *******

手のスペシャリストに、ピアノを弾く時は、膝がきっちり90度になるように、椅子の高さを調整するよう教えてもらった。
座高が高い(足が短い)からか、椅子をかなり低くしても足りないので、6センチのヒールを履いて弾いてみた。
すると、これまで1時間も弾くと、肩が詰んできたり太ももの後ろが痺れたりしてたのに、そういうのが全く無くなって快適なのだ。
どうしてこんな単純なことに気づかないまま、今までの長い時間を過ごしてきてしまったのだろう…。
いや、振り返っても何も進まない。
60の手習い、いや、手の習い直しだ。

手の習い直しといえば、弾いても指が痛まなくなったのは、本当にありがたい。
大好きだったいろんなものを、食べない飲まないと決めて1年半。
ストレッチもとりあえずサボらずに続けている。
少しだけ弾き方も変えたのだけど、長い間、何本もの指をスポーツテープでぐるぐる巻きにしないと弾けなかったのだから、素手で弾けるなんて夢のよう…ああ嬉しい。

だからこそ引き受けられた。
大曲だけど、練習したいだけしたら弾けるようになる、きっと。
練習をしたいだけできることがどれほど幸せなことだったか、できなくなった3年間、ずっと考えていた。

どういう目的であれ、曲の練習に入ると、わたしはわたしに話しかけることが多くなる。

できるかな?
うーん、なんとも言えへん。

今日はけっこういいとこまでいったんちゃう?
うん、なんかええ感じやね。いけるかもね。

なんでまた、ここが全然弾けへんようになるわけ?
わからんわ、そんなこと!

こんな調子で大丈夫かな…。
大丈夫やって、思てやるしかないやん。

間に合うかな…。
間に合わせるしかないやん。

ほんま、美しいな、この曲。
ほんまやね、すっかり惚れてしもたわ。

弾きたいな、カーネギーで。
そやね、強く念じて練習がんばろ!

******* ******* ******* *******

エリオットから頼まれて、早3日が経とうとしている。
初見で弾いた時は、えらいもんを引き受けてしまったと、ちょっぴりだけど後悔した。
でも、だから余計に、これを10日で弾けるようにできるか…という賭けがしたくなった。

指使いを決める。
フレーズの流れを読む。
ピアノが始めっからガンガン飛ばしまくるので、リズム練習とゆっくりの練習を根気よくやる。
けれどもやっぱり焦る。
焦るから、ついつい速く弾いてしまってつっかえる。
そして落ち込む。
それの繰り返し。
二分音符が一拍のテンポの速い曲だけど、オーディションまでには間に合わない。
これだけははっきりしているので、遅めのテンポで弾くけれども、曲のイメージがおかしくならないように仕上げなければならない。
ただ、オーディションでは全曲丸々弾くのではなくて、審査員や聴衆にアピールできる聴かせどころ(大抵は難度が高い部分)を2分間弱弾けばよい。
10日という短い期間では、それさえも大変なことだけども、全曲よりは大いに助かる。

とりあえず、最初の合わせをする日曜日の夜までに、まともな演奏ができるようになっておかないと。

と、焦りまくるわたしは、夫にお願いをした。
「ごめん、この10日間だけ、家事と仕事以外の時間、弾きたいだけ弾かせてほしい」
事情も説明した。
状況も説明した。
けれども夫の返事は、いつもと変わらなかった。
「ボクの生活は?」

ピアノの部屋は筒抜けで、防音装置はもちろん、ドアさえも無い。
だから、3階以外の家の中のどこに居ても、ピアノの音は否応なしに聞こえる。
でも、ほんとに今週末と来週の金曜日の夜までだけだから、いつもはゆっくりする夕食の後も練習させてほしい。
「毎日朝から晩まで、好きなことをせずに仕事して、やっと週末がきたというのに、3階に追いやられるのか」
「どうしてそうエキセントリックになるの?もっと普通にできないの?」

毎回のことだけど、本当にがっかりする。
25年も一緒に暮らしてきて、同じことでもめている。
どちらも「あなたのことを理解している」と言うけれど、きっと夫はわたしを、わたしは夫を、ちゃんとわかってあげられていないのだ。
ピアノ弾きが家族にいると、家族は大変な思いをする。
まず音が大きい。
そして練習に没頭し始めると、気持ちが譜面に吸い込まれてしまうので、時々会話が上の空だったりする。
だから、ピアノ弾きはピアノ弾きで、すごく気を遣っている。
特に、大人になって、自分以外の人と暮らすようになってからは、弾きたいだけ弾くことも、弾きたい時に弾くこともしないようになった。
まあ、大きな舞台がある時などは別だけども…。

でも、泣いても笑っても、わたしが使える日は10日間なのだ。
そのうちの3日はもう過ぎた。
一日一日、劇的な進歩というのは望めないから、3歩進んで2歩下がり、また3歩進んで2歩下がりして、オーディションの本番に臨めるよう頑張る。
そしてできたら、オーディションに受かり、カーネギーで弾いているエリオットと自分を強くイメージしながら頑張る。
コメント (4)
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